JDLAHOMEへHOMEへ

異論・反論/北朝鮮の問題を私たちはどう考え、何をすべきなのか!

第0002回 (2005/11/16)
まず日本としての責務を果せ─木村晋介氏の論文によせて─(吉田博徳)

 「法と民主主義」誌第394号に、木村晋介弁護士の「北朝鮮問題と日民協のとるべき立場」と題する論文がのっているので、その主な論点について私の意見を述べたい。

 一 一時帰国問題について

 木村氏は二〇〇二年一〇月に五人の拉致被害者が平壌から帰国した時、「(一時帰国の約束があつたとしても)拉致という国家犯罪を犯したのだから、平壌へ帰す必要はない。断固再送を拒否したことが、立派に一〇人の家族の帰国に結実した」と評価している。
 日本政府と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)政府との間に、一時帰国の約束があったかどうかについては、諸般の状況からみて「あった」とみるのが相当である。北朝鮮の拉致行為そのものは許せないことであるが、もし日本政府が外交上一時帰国の約束をしたのであればそれは守らなければならない。帰したくないのなら拉致被害者本人の意志確認もふくめて、あらかじめ「帰さない」と表明しておくべきであった。相手が不正常なことをする国だから、こちらも約束を守らなくてもよいという論理は、世間に通用する論理ではない。相手が不正常であればあるほど、こちらは道理をつくし誠実でなければならない。これは外交の鉄則であり、国際的支持をうる所以である。
 日本政府が約束を守らなかったことは、北朝鮮政府に格好な口実を与え、政府間交渉を長びかせる結果になってしまった。平壌に残された家族を日本に帰すのに一年七ヶ月もかかり、生木を裂くような苦しみを与えたのはそのためというべきである。

 二 北朝鮮の人権問題について

 木村氏は、北朝鮮の政治犯強制収容所などの例をあげて、人権侵害の「事実」を列挙している。新聞・テレビ・著書などで人権侵害の報道が巷にあふれている。それは事実であるかもしれない。しかし事実上鎖国状態であり国内での調査のための自由行動がとれない現状のもとでは、確認することができないのである。脱北者の自白や伝聞だけで確認とすることはできない。映像であろうと証言であろうと政治的世論操作に関係ないとも断言はできない。
 国連人権委員会の二つの決議の全文を見たが、@拷問・公開処刑などの不法行為があるとは述べているが、何時・誰が・どこで・何をしたかの具体的事例は記されていない。Aこの決議案には賛成国と反対・棄権国の合計数が略同数である…などの問題点がある。今後国連が指名した特別報告官の北朝鮮国内での事実調査の結果を待つ外ないのであろう。木村氏は「見て見ぬふりをしている」と非難しているが、現在は見ることができないのである。
 私たちはこれまでラングーン事件、大韓機事件、第36八千代丸事件、拉致、横田さんの遺骨問題など、権威ある諸般の資料、北朝鮮の報道、科学的分析などで事実と確認できる問題については論評してきたが、事実の確認がとれない問題を推測で論評することは避けてきた。今後ともその慎重さは必要である。私はマス・コミの報道を鵜呑にすることはしない。

 三 北朝鮮の評価について

 木村氏は北朝鮮を「このような過酷で残虐な取り扱いをしている国家は、今日では北朝鮮しかないといえよう」と述べている。私は北朝鮮にはいろいろな問題があるとは思っているが、木村氏のような断定はできない。木村氏の参考のために二つの事実をあげよう。
 一つはアメリカである。アメリカのウィリアム・ブルムという人が「アメリカの国家犯罪全書」という著書の中で、要旨次のように述べている。
 「第二次世界大戦以降二〇〇一年までに、アメリカが軍事介入した国は六〇ヶ国で二〇〇回を越えている。大部分はアメリカを攻撃する能力も意志もない小国ばかりだが、共産主義の脅威から世界を守る≠ニいう大義で、数え切れないアメリカの若者が死んだ。侵入された国の罪のない市民はその何百倍かである。少なくとも六〇〇万人以上が殺された」というのである。
 その中にはベトナム侵略戦争や枯葉剤使用なども含まれているだろう。今もなお、アフガニスタンやイラクで罪のない市民を十数万人も虐殺している。在日・在韓米軍の凶悪犯罪は周知の事実である。
 そのアメリカが先日「北朝鮮人権法案」を可決し、北朝鮮の人権侵害を非難した。果たしてアメリカに北朝鮮を非難する資格があるのだろうか。私はアメリカこそが世界最大の人権侵害国だと思っている。
 二つめは日本である。日本は周知のように明治以来朝鮮(南北を含む)の支配をめぐる日清・日露戦争や植民地支配、そして一九三一年以後の一五年戦争で、アジア諸国民に二〇〇〇万人以上の犠牲を与へたが、中でも戦時下の不足した労働力を補うために、一九三九年以降朝鮮人の強制連行を行った。その数は厚生省の発表でも六一万七六八四名であるが、実際は百万人を大きく越えているといわれている。その中には憲兵と警察官がトラックで、畑で働いている青年を家族の目の前で拉致したなどの、言語に絶する乱暴な行為が多数報告されている。
 拉致された朝鮮人は工場・鉱山・土木工事などにまわされ、過労・栄養失調・拷問などで殺され、野山に捨てられた者がたくさんいる。埼玉県日高市の聖天院の横に、全国から集められた四三二〇名の朝鮮人無縁仏の碑が建てられているが、その人たちに日本人拉致被害者と同じように、愛しい家族がいただろうと偲ばれるのである。
 しかも日本政府はこれらの植民地時代の被害者に対し、いまだに謝罪も賠償も行っていないのである。日本政府の人権感覚と較べてみてはどうだろうか。

 四 おわりに

 私は長い間の国際友好運動の中で、相手にたいしては、「正しいことは正しいと言い、まちがいはまちがいと卒直に言うのが本当の友人である」といってきたので、北朝鮮の人権問題も確認できるならば、卒直に論評する必要があると思っている。しかしこの問題は基本的には北朝鮮の国内問題であることにも配慮しなければならない。
 私は北朝鮮が国際的な批判に耳を傾け、ラングーン事件や大韓機事件など、数々の国際的無法行為の反省を表明し、国際法を尊重する友好関係を発展させ、国内の経済建設と民主化を推進するよう期待するものである。
 木村氏が「もっと真正面から北朝鮮問題にとりくめ」というのは、北朝鮮の人権問題よりも、日本が歴史的に果たさなければならない植民地時代の数々の暴虐行為にたいする、謝罪と賠償などの清算ではないだろうか。
 現在北朝鮮から提供された遺骨などの問題をめぐって、外交交渉が暗礁にのりあげている。日本は拉致問題を先に北朝鮮は清算を先にと、日朝両政府とも切り離して解決しょうとしているが、これではいつまでたってもまとまらない。〇二年の日朝平壌宣言にもとずいて、この両者を総合的に話し合う外に道はないのである。そのための国民世論を高めることに努力しなければならない。
 私たちはまず人間としてなすべきことを果たす努力をしてこそ、他人を批判することができるのである。

<前頁 | 目次 | 次頁>

このシステムはColumn HTMLカスタマイズしたものです。
当サイトは日本民主法律家協会が管理運営しています。