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伊藤和子のNYだより

第0014回 (2006/01/24)
NYから東京へ ご挨拶

みなさん、こんにちは。
 ご無沙汰しています。弁護士の伊藤和子です。
 PCの長期故障に見舞われて、大変ご挨拶が遅くなりましたが、昨年末に留学中のNYより帰国しました。
 夏以降ちょっと忙しく、以前からお送りしていたNY便りをできませんでしたが、夏はジュネーブの国連人権小委員会の関係のインターンをし、秋はNYに戻って人権団体Center for Constitutional Rights(CCR)のインターン、国連NGOの国連代表代理、そして引き続きの司法制度調査と三つを掛け持ちして、非常にエキサイティングな毎日でした。
 特に、CCRという団体は、ベトナム戦争反対のころからすごく筋を通すことで知られた果敢な人権NGOで、素晴らしい活動をしていて、9.11以降は激動の真っ只中で最前線に立っていましたので、今日は少しそのあたりをご紹介します。

 CCRはグアンタナモ基地の被収容者200人以上の代理人をしていますが、この200人を含めて、収容されている500人のうちほとんどの人はアルカイダともタリバンとも無関係だ、ということが、内部告発されています。
 これらの人たちは、今でもあまりにもひどい虐待-性的虐待を含む-、拷問を続けられています。昨年夏にあまりの取り扱いのひどさに被収容者たちはハンガーストライキを始めましたが、そのうちの少なくない人たちは絶望して餓死を選んだ人たちです。
 彼らの人権そして自由を求める権利はすべていま剥奪されています。
  (詳しくは、業界のニュースレターに書いた以下をご覧ください。http://www.jlaf.jp/tsushin/2005/1185.html#04)
 アメリカ連邦最高裁は、CCRが被収容者を代理して行った人身保護請求に対して
「グアンタナモの被収容者は人身保護請求をする権利がある」という判決を2004年夏に出しましたが、米政府は訴訟遅延戦術に出た挙句、2005年末に議会が、「司法による人権に関する審査はテロとの戦いの障害になる」という理由から、最高裁判例を無効にして、グアンタナモの被収容者の収容の正当性を判断する権限を司法から奪いとる法律を委員会審議もなしに可決して、この人権問題を「終わり」にしてしまったのです。
 追い詰められた被収容者の自由を求める一縷の望みは絶たれたのですが、これはテロとの闘いのためなら、人権も三権分立も踏みにじってなんら問題ない、きわめて異常な、重大事態です。アフガン・イラクを中心とした対テロ戦争によって、アメリカが曲がりなりにも築いてきたといわれる、人権や民主主義という基盤が本当に痛々しく歪められているのを痛感しました。国連から拷問について非難されるのを避けるために、海外の秘密の収容施設で「テロ容疑者」拷問をしたり、親米アラブ諸国にグアンタナモの被収容者を引き渡して拷問を代行させたり、ということも、人権団体にいるといかに公然と日々行われているのかがよくわかり、驚きました。
 また、移民についての迫害もひどく、国務省は伝聞情報をもとに、アラブ・アフリカ圏を対象とする慈善団体など数限りない団体をある日突然「テロ支援団体」と特定し、関与した人間はすべて強制退去となっています。平和的なプロテストに対する何百・何千人規模の一斉逮捕、盗聴・emailの監視、また真実を伝えるジャーナリストへの抑圧なども蔓延しています。
 「死に体」とも言われている最近のブッシュ政権ですが、こうした「テロとの闘い」を標榜する人権抑圧の体制は確立してしまい、多くの人がすさまじい犠牲にいまもあい続けています。
 イラク戦争でなくなった兵士が2000人を超えたとき、ニューヨークタイムズに全員の写真が載りましたが、ほとんどが本当に若い兵士たちばかりです。民間人を殺したというPTSDにさいなまれたり、負傷や、劣化ウラン等による被害をうけている帰還兵たちの多くが国から見捨てられています。
 志願者が激減している中で、政府は新しい兵士のリクルートに必死です。米軍は構内に入り込んで、何も知らない学生たちに執拗なリクルート大作戦を展開して戦地に送るわけですが、大学の自治との関係で恐ろしいのは、大学には事実上米軍の構内でのリクルートを拒否する権利がない、ということです。というのは、
「米軍の構内でのリクルート活動に協力しない部門をひとつでも含む大学・高校からは、政府の補助金は全額引き上げる」という驚くべき法律があるからなのです。こうして米軍は大学でリクルート活動を自由に行い、リクルートに反対するプロテストをした学生たちが逮捕される、という状況になっています。
 日本でも「テロ対策基本法」「改憲」などが取りざたされていますが、9条を変えてアメリカのようにテロとの闘いの先頭に立とうとすれば、戦後築いてきた人権や民主主義などの価値は瓦解する、という結果が起こるのはアメリカの例からも見通すことができます。
 よく「戦前の暗黒時代に戻る」という言葉を使われて「まさか戦後になってそんなことが」とピンと来なかったのですが、アメリカを見ると「こういうことか」と納得します。

 でもアメリカの市民はそのような人権抑圧に屈したり、うなだれない伝統がある、という点では本当にすごい、と思います。
 とにかく警察は野蛮で、司法も保守的なのですが、みんな権力とはそんなものだとわかりきっていて、そういうことに動じないわけです。何千人規模で逮捕されても一向に落ち込む気配がありません。私もロースクールの恩師を訪ねて、公民権運動の聖地アラバマを訪れ、ローザ・パークが逮捕され、キング師たちの非暴力運動も刑事告訴され、それでも誰も公民権運動をやめなかった、というすさまじい歴史を見てきたわけですが、その伝統はいまも生きているように思います。ノーム・チョムスキーが
「9.11以後の人権抑圧」について聞かれて「トルコのような国ではみんな拷問されているが、それでも人権活動を続けている。それに比べるとアメリカの市民に対する人権侵害など大した問題ではない。口にするのもおこがましい、恥ずかしい」という趣旨のことを言われていたのを覚えていますが、そのスピリットを強く感じることがしばしばでした。
 私が年末までいた人権団体CCRも、グアンタナモのケースで裁判を受ける権利を剥奪される、という試練の中にありながら、年明け早々NSAの盗聴事件についてブッシュ大統領を相手に損害賠償請求訴訟を提起、さらにイラクのファルージャへの化学兵器による攻撃の責任を問う訴訟も検討中です。ぜひ皆さん、よかったら寄付などして活動を支えていただけると嬉しいです。CCRのホームページhttp://www.ccr-ny.org/v2/home.asp を参照してください。

 さて、私も日本に戻り、業務を再開しましたので、アメリカで得たネットワーク、国際法と国際人権法の知識などを生かして、またいろいろなところでみなさんとご一緒する機会があれば、と思います。今後とも、是非よろしくお願いします。

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