No.13の記事

威力業務妨害と、建造物侵入…

   「法の変質」をどうすべきか

 東京ビッグサイトの鉄道模型展の主催者に「職員皆殺しにする」とメールを送った男は「脅迫」(8月8日「読売」)、「コミックマーケット74」に「手榴弾を投げ込む」とインターネット掲示板に書き込んだ男は、「手荷物検査を強化させるなど業務を妨害した疑い」で「威力業務妨害」…。男は「注目されたかった」と供述しているという。
 交通事故死した子どもの写真などを自分のホームページに掲載して著作権法違反で有罪になりクビになった元教師が、別の小学校の運動会の子どもの写真を撮ろうと、小学校の敷地に入ったら「建造物侵入」で起訴された。(8月14日「毎日」夕刊)別におかしな角度で写真を撮ったして「軽犯罪法」や「迷惑防止条例違反」に問われた、という報道はない。
 もう一つ付け加えておこう。「痴漢逮捕」の事件だ。「それでもボクはやってない」のケースで知られるようになったが、あの手の「被害者」は、報道されただけでも少なくない。混んだ電車の中で「ちょっと来てください」と、女性に言われ、「何ですか」と駅員のところに行った途端、「この人痴漢です」と言われて、何の言い分も聞いてもらえなかった、という話はよく聞かれる。
 「強制わいせつ」でなくても「迷惑防止条例」で、「即逮捕」。認めれば、一晩で返すが、そうでなければ拘留だ、といわれ、不本意ながら認めるケースも跡を絶たない。これももともと「ぐれん隊防止条例」が、「痴漢対策」に変質した。

 メールによる書き込みなど、決して擁護するつもりはないが、もっとお互いに読んだり書いたりしている仲間の中で、どうにかならないのか? 「威力業務妨害」というのは、もっとおどろおどろしい犯罪で、確かもともと暴力団取り締まりの法律で、それが学生のゲバ闘争に取り締まりに拡大され、とうとうこれが、当たり前の摘発例になってきた。確か、小学生の女の子にも、この「容疑」が書かれていた。
 もう一方の建造物侵入もそうだ。彼の場合、「近所」だったかどうかは知らないが、近所の小学校の運動会をカメラをぶら下げて行っただけで「建造物侵入」というのだったら、どう考えてもやりすぎではないか。
 自衛隊官舎、といってもただの団地のドアの郵便受けにビラを入れたら、最高裁で有罪になったし、マンションの中だとビラまきはやられる危険がある。何と国立のマンションでは、敷地内ではあっても玄関の外にあるメールボックスに、市会議員が議会報告のビラを入れて「建造物侵入」というのもあった。
 確かこれで思い出すのは、オウム事件の摘発のとき、トラックで荷物を運び込んで、それを建造物侵入で摘発し幹部を捕らえたことがあった。そのときも「罪刑法定主義の拡大」ではないか、という議論があったが、こうなってくると、マンションの住人には一切外部から接触できないことになりかねない。
 「痴漢逮捕」も同じこと。女性と目撃者役が組んで、示談に持ち込みカネを取ろうとした事件があったそうだが、そんな輩をはびこらせるのも、初動でもっぱら「被害者」の言い分だけを聞き、「容疑者」とされた人の話をきちんと聞かず、ただの「トラブル」に、警察が一方的介入をする結果である。

 そこで記者。警察担当=「サツ周り」の記者は、こうした事件を、警察の後方から知らされ、「またそんなことが起きたのか」「警察も細かいことをするなあ」などという感想を持ちながら、短い記事にする。「それで、彼はどう言ってるの?」と聞くのは忘れないが、その「感想」で、記事にするかしないかの判断をすることは差し控える。それはデスクの判断だろうし、「微罪だから書かない」と言うことになれば、警察の権力行使をヤミに葬ってしまう可能性があるからだ。
 戦前、会う約束をしていた友人が待ち合わせの場に来ない。「おかしいぞ」といっていたら、一斉検挙だった、という話と同じ時代にしないためには、「サツ周り」は、権力が何をしているかをできるだけきちんと知って知らせる責任を持つ。
 第一、いまだって、いきなり警察に逮捕された場合、警察が親族よか友人とかに連絡をするとか、彼自身に連絡させてくれる保障はない。「弁護士を呼んでくれ」ということを自分でいえればいいのだが、「当番弁護士制度」が普及しつつあるいまでも、気が動転した彼または彼女が、冷静に自分の権利を主張する保障はない。
 警察取材の実態は、昔に比べて「カベ」が厚くなった、という。昔は、刑事部屋に自由に出入りして「何かあった?」と話が聞けたし、中にはそばで事情を聞かれている「容疑者」らしい人がいて、目配せしながら隣の刑事に「あれ、なあに?」とも聞けた。だが、「広報担当」がはっきりしたり、建物が大きくなったりした結果、現場の記者は「いま、そんなことは、できないよ」という。
 記者が知らないところで、どれだけの「権力行使」=逮捕事件が起きているのかの保障はない。しかも、記者が知るところになり、「掲示板への書き込みで逮捕」とか「痴漢で商社課長逮捕」などと書いたとして、「やっぱり変な人だったのね。クビは仕方がないね。嫌だねえ…」と言うことになるのか、「何か引っかけられたな。あいつはそんなことをする奴じゃない。とにかく弁護士さんに聞いてもらおう」となるかは、その「周辺の人たち」の問題になってくる。

 「市民的自由」というと話が大きくなるが、そう言わなくても、「刑法の世界」はこれでいいのだろうか? 
 サイトに妙な書き込みあったら「やめろ」と書けばいいし、おかしなアングルで写真を撮ろうとしていたら「やめろ」と言えばいい。「痴漢です」と電車の中で告発する女性がいたら、「おい止めろ」ということから始まる。「ボクじゃないですよ」か、「あ、当たっちゃった、ごめんね」かは、そのときの状況による。
 何でも警察を呼んできて「おい、こら」を求めるばかりが能ではあるまい。ここらで、健康な社会を取り戻す工夫をしないと、また「ものがいえない社会」が広がるのではないか、と気になって仕方がない。