No.15の記事

「消費税増税キャンペーン」が始まった

 政府の社会保障国民会議(座長・吉川洋東大大学院教授)は4日、保障の機能強化について最終報告を提出、その中で「安定的な財源確保の道筋」として、必要な公費負担について、わざわざ消費税率換算の数字を公表した。
 「2015年度には3.3−3.35%程度、2025年には6.2%程度、基礎年金を税方式に転換すると15年度で6−11%、25年度では9−13%の引き上げが必要」との試算で、麻生首相は、「改革の工程表を」と求めたそうで、いよいよ「消費税増税キャンペーン」が始まった感じだ。

   ▼根拠なき「消費税」論
 まず、はっきりさせておかなければならないのは、社会保障→消費税という論理が、何の疑問もなく提出され、それにメディアも世論も乗ってきてしまっていることだ。
 「社会保障が大変だ。そのためには財源確保が重要だ」−そのことには誰も疑問を持たないだろう。
 しかし、その財源を消費税で埋めなければならないなどという理屈はどこにもない。ただあるのは、問題が多くなる法人税や所得税に手をつけず、ほかの歳出についても手をつけないままで、あまり一般に見えないまま自動的に徴収することが可能な消費税で増税するのが、政府にとってやりやすい、という単純な理由だろう。しかも、実施のために重要なマスメディアの賛成を取り付け、「外堀」は埋めた、という認識もある。
   (http://www.news-pj.net/npj/maruyama/index.html 8月28日付参照)
 だが、この論理は短絡であり脆弱だ。
 「社会保障の充実」を図るため、どうしたらいいかは、もっとじっくりと、論理に沿って、改めて議論されなければならない。

   ▼社会保障の意義と国家の目的
 もともと戦後の日本は、「ゆりかごから墓場まで」の社会保障の充実を目指してスタートした。日本国憲法前文では、国際社会を「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている」と認識し、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と述べ、その具体化として25条で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定した。
 そして、この福祉国家の建設は、軍備にカネを使わなくても済む新しい日本にとって、具体的な国家目標だったと言える。
 1960年度(昭和35年度)版「厚生白書」は、次のように書いて、日本が「福祉国家建設」を掲げていたことを誇っている。
 「欧米諸国は、第二次世界大戦の終了を契機として、急速に福祉国家の建設に乗りだした。わが国においても、福祉国家建設のための努力をかさね、福祉国家建設を政治の最高目標に掲げ、この基本的大方針のもとに、もろもろの施策を進めることを念願としている。いうまでもなく、福祉国家は、国民全体の一般的福祉を増進することを目標とするものであり、すでに、欧米諸国は、すべて福祉国家を樹立することを最高の使命と考え、社会経済の各分野において、いまや容易にゆるがすことのできない強固な基盤を打ち立ててきている」。
 ところが、1970年代ごろからだろうか、よく知られているように、「社会福祉の充実が国民を怠惰にした」とする論調が広がり、「英国病」批判の中でサッチャー政権が登場、米国のレーガン政権とあわせ、日本には中曽根康弘政権が「小さな政府」を掲げて登場した。中曽根首相は「日本は不沈空母」などという発言で物議をかもしたが、実は防衛問題以外でも「戦後総決算」を主張し、国鉄、電電の民営化、国立病院の再編などを実施した。メディアでは、国鉄のサービスや、権利に基づく労働組合の運動が問題にされ、「受益者負担」「自己責任」といったキャッチフレーズを無批判に流された。
 それから20数年、「福祉国家の破壊」と「新自由主義」の思想攻勢は一環として続き、「橋本6大改革」、「小泉構造改革」へと引き継がれ、メディアも法律家も、経済学者や税の専門家も、問題自体は指摘しても、その本質への批判は弱かった。
 そんな中で、労働組合が弱体化され、労働法による規制は次々と緩和され、所得税の累進税率は平準化された。農業や漁業の保護は「行き過ぎたもの」とされ、農漁村は荒れるに任され、食料自給率は40%を割る事態になった。一方で、租税特別措置や法人税による大企業への優遇は相対的に強化され、1989年には消費税が導入され、97年にはこれが5%に強化された。
 「福祉国家」による国民生活の充実を目指した「国家目標」は、いつの間にか、国際競争における「日本の国際的地位」になったりした。

   ▼いま、社会保障に勝る歳出とは何なのか
 社会保障にカネがかかるのは当然だ。しかし、増税の前に、検討しなければならないことはいくつもあるはずである。
 そして検討しなければならないのは、まず最初に、現在の政府予算の歳出が妥当かどうか、だろう。つまり、社会保障だけではなく、歳出全般について検討しなければならないのではないか、ということだ。
 今年度の政府予算で見れば、83兆613億円の歳出の約26.2%を社会保障費が占め、国債費の24.3%がそれに次いでいる。
 公共事業費は約8.1%、防衛費は5.8%だが、それだけではなく、全体としてこうした「歳出」の費目をどう節約していくか、を考えるなかで、社会保障費も検討すべきなのであり、いまの支出を前提としての議論は成り立たないことを考えなければならないことは確かだ。
 多くを論じるつもりはない。だが、例えば防衛費は、4兆7796億円が計上されている。一度にゼロにするわけにはいかないだろうが、この中で、ミサイル防衛とか、イージス艦とか、米軍への思いやり予算、基地の移転、整備とか、それを削って社会保障に回すことは、本当にできないのか。むしろ、差し迫った危機があるわけでもないこの時代、そうした方面に金を使うのではなく、民生=社会保障に金をつぎ込むべきではないのか。
 道路とダム。多くの地域で反対運動があり、要らないのではないかといわれている。それと社会保障と比較してはなぜいけないのか。その金も回して社会保障の充実に使えないのか。
 あたっているのかどうかわからない。全額は無理だとしても、どこまでどう可能なのか。それは「価値観」の問題でもある。
 私たちは、まず、こうした点から考えられなければならないのは確かだろう。

   ▼いま、税の「所得再販分機能」をどう考えるのか
 もう一方で指摘しなければならないのは、歳入のあり方、つまり税制についても、きちんとした論議が必要ではないか、ということだ。
 いうまでもなく、税制には「所得の再配分機能」があるとされている。専門的な論議は私の手に余るが、はっきりしていることは、消費税増税の前に検討しなければならないことはいくつもあるということだ。法人税と所得税の関係があり、さらに、それぞれについての問題があるはずだ。
 いくつか既に指摘されているポイントを、内橋克人「悪夢のサイクル」(文藝春秋)から書き出してみよう。
 ・法人税率は1985年には43.3%だったが、いま30%で、財界はさらに引き下げを要求している。
 ・所得税の累進は、1974年には最高75%といわれ、19段階あったが、現在は最高37%で4段階。相続税の上限も50%に引き下げられ、富裕層の資産を守る仕組みが広がった。
 ・課税最低限は単身の場合、114万4000円、ですが、今度の政府税調が打ち出した配偶者・扶養・特定扶養控除すべてを廃止した場合、4人家族では325万円。これは外国と比較すると、米国は357万円、子どもが2人とも17歳未満の場合は446万円、英国は359万円、ドイツが500万円、フランスが402万円だという。しかも、基本的な生計費をどう見るか、を示す基礎控除で見れば、日本は38万円だが、ドイツは、基礎控除は103万円、英国は94万円だという。
 こういう中で、「格差」が拡大し、最下層の20%と最上層の20%の所得合計額を比較した場合、1984年は13倍でしかなかったものが、2002年には168倍になったという。
 つまり、社会的な格差が拡大し、税における「所得の再配分機能」が改めて考えられなければならない時代なのに、それとは逆に「逆進性」があるとされる消費税増税は本末転倒ではないのか。そうした論理を無視して、「社会保障財源=消費税」はあり得ない議論なのだ。

   ▼冷静な議論をこそ
 私はいま、軽々に、消費税増税は絶対いけない、というつもりはない。しかし、いまの論議はあまりにも短絡的で、「消費税増税ありき」の議論に傾きすぎているように思う。
 よくわからないことをいいことにして、メディアを動員して、「社会保障のためなら仕方がない」という増税ムードを演出し、世論を作る。
 ここは、もっと冷静に議論を詰めていかなければならない。
                                 2008/11/5