日民協事務局通信KAZE 2003年6月

 現代刑事立法学の構想を

(三重短大法経科教授 佐々木光明)

  憲法原則を崩す立法がひしめいているが、刑事法原則や権利保障についても立法ラッシュといった状況にある。法律専門家だけでなく、政治家、市民もまた強い関心を寄せている点で、これまでとは違った状況でもある。こうしたなかにあって、いま刑事立法論は、その立法過程を含めて総合的な学としての全体像を論議し提起すべき段階にあるように思える。

  たとえば二〇〇〇年の少年法改正。全審議を傍聴したが、左記の課題は最も重要な課題の一つだろう。
 「現代の『安定したゆたかな社会』を脅かし、その規範的基盤を崩しているのは少年犯罪だ」として治安政策的観点から改正提起をした「研究者」。また、少年犯罪は市民の不安感を高め、それに対する対処機能を法システム(家庭裁判所等)は失っているとした政治家。ともに日本社会の規範的統合機能の危機を強調するが、立法事実を検証できる形では提起していない。
 立法動機・立法事実の明確化の責務は提案者にあることが、自覚化、確認されるべきだ。また、立法時の研究者の役割はどのように位置づけられるものかの議論を深めるべきだろう。

  「規範意識を失いはじめた少年」、「反省も謝罪もない少年」に対する「責任の自覚化」と「贖罪」の徹底が強調され、「刑罰」の教育的効果が検証されることなく説かれた。また、少年事件を機に広まった不安感を背景にし、非行ではなくあえて少年犯罪としながら導く「危機の創出」は、それにともなって処方された厳罰化と必罰化を下地にした「威嚇」を社会的基層にまで浸潤させていった。
 「必罰化」は、非行少年の言い逃れ等を逃さないというメッセージの実効性を担保するものであり、ウソを許さないという社会的規範システムが機能していることを表明する役割を担うことになる。

  近時の刑事立法の特徴について、警察力介入の強化、法的介入の早期化、事前規制型介入とその抽象化、世論の要求重視、政治主導性による重罰化・犯罪化等をあげることができる。それにともなって刑事手続も、警察化、予防機能の強化、令状主義の軟化といった変容をみせ、顕在化してきてもいる。その背景としては、新自由主義的国家・人間観の浸透、危険回避刑法の訴訟法への反映、裸の国民感情の吸収があげられよう。
 犯罪を生まない安全な「環境」を形成しようとする刑事立法化は加速し、畢竟、それは子どもを含めた地域構成員への規範的働きかけとして顕在化する。総合政策官庁への脱皮を鮮明にした警察や行政が「地域立法」に重点を置くことだろう。全体の動きは見えにくくなる。

  自由経済社会の基盤とそのシステムを脅かす「非行・犯罪からの防衛」と「侵害惹起の危険性を持つものへの事前規制」は、現代日本社会の基本的あり方を大きく変えるものであり、加えて、社会規範の再構成と規範意識の覚醒と遵守要求は、その方法論とあいまって基本法の改正・立法を必然的に導くものとなっている。司法改革もその大きな社会思潮のなかにあって、基本的理念の対抗軸がそれぞれに持っている社会像の違いを描ききれないままに、制度構想と立法がセットになって押し寄せている。そうした状況で、立法の背景とその立法過程の検証を、「法の理念と刑事法原則、権利保障のあり方の再確認の機会」とすべきだろう。

  その他にも、研究者や市民が立法へ公正に参加する機会の確保が必要ではないのか。日本社会の未来像を含めて議論すべきだ。国際化の中で、権利保障の確立が明確に意識されるべきである。市民の立法へ関心を高めるために何が必要か。立法提案で提供されるデータについて、その作られ方を含めた検証が必要だろう。立法案の検討に際しての学際的連携を探ることも必要だし、日民協も法律家団体として、その任にあり、また市民との連携も模索される必要があろう。


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