日民協事務局通信KAZE 2011年2・3月

 「平和への権利」世界キャンペーンの意味


 二〇一〇年一二月、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラで「平和への権利」国際NGO大会があるから行かないかと誘われ、参加した。「平和への権利」を、世界人権宣言のような法典にしようという新しい運動があることをこの時くわしく知ることができた。「平和への権利」とは、軍縮の権利、抑圧に抵抗する権利、良心的兵役拒否の権利など平和を達成するために必要な権利の総称である。
 二〇〇七年から始まった「平和への権利」の国際法典化の運動は、憲法九条を世界に広めるという「グローバル9条キャンペーン」の運動とも深くかかわっている。9条キャンペーンは、各国の憲法が九条のような平和条項を導入することを目的とするが、この「平和への権利」のキャンペーンは、「平和への権利」の国際法を作ることを目的とする。一見すると異なってみえるが、平和を達成する点では同じだ。しかも個人の視点から平和を捉えられるようになるので、平和に関する「法」を個人で使えるチャンスでもある。
 二〇一〇年九月に、フィリピンの法律家が来日した。彼女は、一九九〇年代にフィリピンから米軍基地が撤去された後、現在でも続く米軍の駐留によるレイプなどの被害の救済をしている。沖縄の米軍基地と同じく、基地のあるところには平和的に生活する権利がない。「平和への権利」の一内容をなす平和的生存権は、軍人による犯罪や騒音被害などの被害を受けている米軍基地ととなり合わせの住民にとって貴重な権利である。
 コスタリカでは、二〇〇八年に「平和への権利」が憲法裁判所によって認められた。軍隊を廃止した憲法一二条の他には明文規定がないが、平和憲法を持つ法の趣旨から裁判所が人権としての「平和への権利」を認めたのである。これによって、核燃料をつくる政令が違憲無効とされた。「平和への権利」が平和を守った一場面である。ところが、コスタリカは、昨年米軍が麻薬対策と称して国内に駐留することを政府が初めて認めた。二〇一一年一月には、コスタリカの弁護士が来日してコスタリカの平和の危機を訴えた。この「平和への権利」を米軍の駐留のケースにも生かせるかが今争われている。
 日本では、「平和への権利」は、憲法前文に書いてある平和的生存権として表れる。一九七三年の長沼訴訟一審判決では、平和的生存権が、理念としてではなく、法的な権利として初めて裁判所により認められた。最近では、二〇〇八年のイラクへの自衛隊派兵の違憲訴訟の中で、名古屋高等裁判所は、政府が九条違反の行動をした場合には、国民の平和的生存権が侵害されるとして、九条違反の行為に加担させられることを平和的生存権の侵害と捉えた。
 お隣の韓国でも、二〇〇六年に憲法裁判所が、韓国憲法に明文規定のない平和的生存権の存在を認めた。これは米軍再編によりピョンテク米軍基地が拡張され、自分の土地が収用される住民が起こした裁判において、日本の憲法前文に書いてあるような平和的生存権の違反が主張されたからである。
 このように平和的生存権を含む「平和への権利」は、確実に世界的に広がりつつある。それは「平和への権利」違反を主張せざるを得ないほどの軍事化が進んでいるということでもある。
 折しも、日本の国際人権の分野では、国連自由権規約委員会が日本のビラまきや戸別訪問について懸念を表明し、それが日本の裁判でも生かされ、人権の「世界標準化」の恩恵を受けた。「平和への権利」が法典化されて「世界標準」化されれば、日本の平和の実現がより効果的になるにちがいない。
 二〇一一年四月末にこの「平和への権利」世界キャンペーンの中心を担っているスペインの法律家団体が来日する。「平和への権利」に関する世界の動きを学び、日本の平和的生存権の発展を伝え、この世界キャンペーンに合流していこうではないか。

(弁護士 笹本 潤)


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