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 法と民主主義2015年4月号【497号】(目次と記事)


法と民主主義2015年4月号表紙
特集★憲法9条破壊の「戦争法」を許すな
特集にあたって………編集委員会・小沢隆一
◆「戦争法」が狙うもの………永山茂樹
◆「日米同盟の深化」と「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)の再改定………倉持孝司
◆2015年度予算に見られる軍拡・防衛装備移転・新ODA大綱をめぐる動き………飯島滋明
◆文官統制廃止と防衛装備庁新設のねらい………内藤 功
◆「安保法制」と中東──「中東」を標的として進む日本の軍事化………栗田禎子
◆資料・ 共同文書「安全保障法整備の具体的方向性について」の問題点──法律家6団体共同声明より

  • 特別寄稿●東京大空襲から70年………早乙女勝元
  • 緊急掲載●「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」で刑事手続きはどうなる? 最も危険な「司法取引」………五十嵐二葉
  • 司法をめぐる動き・えん罪被害者が反発する刑訴法等改正法案………小池振一郎
  • 司法をめぐる動き・3月の動き………司法制度委員会
  • 判決・ホットレポート●国会での抗議の靴投げは表現行為としつつ有罪の不当判決──12・6秘密法国会傍聴者弾圧事件第一審判決………吉田哲也/清水雅彦
  • メディアウオッチ2015●メディアと政局運営 批判は「粛々と」無視、強まる干渉 安倍政権の姿勢に異常な沈黙………丸山重威
  • あなたとランチを〈bP1〉………ランチメイト・山添 拓先生×佐藤むつみ
  • リレートーク●〈20〉今年はチョコとカードを♪………高木野衣
  • 書評●堀尾輝久著「堀尾輝久対談集 自由な人間主体を求めて」本の泉社………澤藤統一郎
  • 委員会報告●司法制度委員会/憲法委員会………米倉洋子/小沢隆一
  • 時評●根本問題を忘れてはならない………大熊政一
  • KAZE●「君は平和についてどう思っている?」奥平康弘さんの志を受けつごう、と900人………丸山重威

 
憲法9条破壊の「戦争法」を許すな

 ◆特集にあたって
 自民・公明両党は、二〇一五年三月二〇日の「安全保障法制整備に関する与党協議会」(以下「与党協議会」と略)で、「安全保障法制整備の具体的な方向性について」(以下「具体的方向性」と略)と題する合意文書をとりかわした。これによって、昨年七月一日の閣議決定(以下7・1閣議決定)以降、準備が進められてきた安保法制(本企画では「戦争法」と呼ぶ)の輪郭が姿を現したと言えよう。四月一四日から再開した「与党協議会」を経て、本誌を刊行する頃には、諸法案の要綱が公表されているかもしれない。法案の国会上程は、五月一五日頃とのことである。
 今回の「戦争法」は、一言でいって、自衛隊が「いつでも、どの国とも、どこでも、いかなる場合でも」軍事行動を共にするという、まさしく「切れ目のない」という言葉通りの戦争推進立法であり、これらが成立すれば、逆に憲法九条は「細切れに裁断」され、その法的意味は失われたのも同然である。
 7・1閣議決定が集団的自衛権の行使を容認し、それを受けて「具体的方向性」が策定した「戦争法」は、自衛隊自らが「武力の行使」に及んでいない段階の平素からの米軍その他の軍隊との共同・連携を可能とし、その際に万が一いずれかが攻撃を受けた時は、自衛隊が「武器等防護のための武器使用」を行うことで、当該軍同士に「同盟軍的性格」を与える形になっている。集団的自衛権行使容認は、それが実際に行使される、すなわち日本と他国とが共同で「武力の行使」を行うことそれ自体も重大な問題を孕む。それと同時に、「具体的方向性」によって明らかとなった、集団的自衛権容認の「前倒し的な影響・波及効果」も、憲法九条の体制の実質を大きく掘り崩すものとして深刻な問題を引き起こすものである。
 また、7・1閣議決定とその後の法整備が、「武力の行使との一体化」論を事実上廃棄したことの影響も甚大である。「戦争法」は、一方で「武力の行使」と「後方支援」の区別に依拠しつつ、他方でその区別を無きものにしてしまうような、次の瞬間には「戦闘地域」と化してしまう「現に戦闘行為を行っている現場ではない場所」という観念を持ち出した。ここには、軍事的必要性に引きずられた政府・与党のなりふりかまわぬ姿が露呈しているが、これにより自衛隊は、九条を持っていない「普通の国」と変わりがない「我が軍」になることは必定である。
 こうした今回の「戦争法」による憲法九条破壊の暴挙の意味、性格をしっかりと国民のなかに伝えていくことは、法律家に喫緊に求められている務めである。
 本企画では、こうした「戦争法」の全体像を明らかにするとともに、その下地となっている安倍政権の「積極的平和主義」(その実態は「積極的軍事主義」)の幅と深さを解明するための論稿を寄せていただいた。
 巻頭の永山論文は、「戦争法」には、集団的自衛権容認とともにそれ以外にもさまざまに深刻な問題点が孕まれていることを指摘して、その全容を端的に紹介しつつ、「憲法平和主義」からの批判の重要性を強調する。
 倉持論文は、「戦争法」の策定に強大な風を送り続けている「日米ガイドライン」の再改定について、日米関係と過去二度にわたる「日米ガイドライン」の歴史を踏まえつつ、「日米軍事同盟の深化のプロセス」の中にそれを位置づけ、「非軍事平和主義憲法」の初心に立ち返った再点検の必要性を説いている。
 飯島論文は、安倍政権の「積極的平和主義」とは名ばかりの「軍事中心政治」について、ODA大綱の改定、「武器輸出三原則」の撤廃と「防衛装備移転三原則」の閣議決定、二〇一五年度予算に見られる軍拡の動きなどの「実態面」から照らし出す。
 内藤論文は、これまた安倍政権の「積極的軍事主義」の実態的現れとしての防衛省設置法の改定等(三月二〇日に法案国会提出)における文官統制の廃止、防衛装備庁の新設、(業者との癒着容認の)自衛隊員倫理法などについて、その問題点を解明するものである。
 企画「しんがり」の栗田論文では、日本の九条平和主義の堅持と世界の平和の実現にとって今日最も焦眉のテーマとも言える、「中東の平和」のゆくえと日本の国際的責務について論じていただいた。海外調査からの帰国直後の短い準備期間にもかかわらず、玉稿をお寄せいただいたことに深謝申し上げる次第である。
 各論稿から共通に、そして共鳴し合ってうかがえることは、この「戦争法」を阻止する取り組みの中での、「歴史・細部・原点にこだわる」ことの重要性である。
 「歴史にこだわる」とは、「戦争法」がどのような経緯を経て策定されようとし、またそれはいかなる歴史的段階を画するものなのか、それに国民はどのように向き合ってきたかを重視するということであり、国際社会における「平和の実現」も常に歴史的な視点からの考察が求められるということである。
 「細部にこだわる」とは、「戦争法」準備のかたわらで、すでに実態において進行している「戦争国家」づくり、すなわち軍事予算や軍事生産、軍事国家機構の動向を視野におさめつつ、それとの総体において「戦争法」の問題性(それは、法案の細部に潜んでいる)をえぐり出す視点の必要性のことである。
 「原点にこだわる」とは、憲法九条が本来指向する平和主義、世界の人々の「平和への願い」にも通ずる前文の「平和のうちに生存する権利」という日本国憲法の原点を踏まえつつ、今日の事態に対峙するということである。
 「戦争法」の阻止の取り組みは、今通常国会の延長が早くも見込まれる八月までが最初の「ヤマ場」となろう。その「キック・オフ」としての「五月三日」を目の前にして本誌をお届けする。

法と民主主義編集委員会 小沢隆


 
時評●根本問題を忘れてはならない

(日本国際法律家協会・会長)大熊政一

 『痴愚神礼讃』や『平和の訴え』で知られるエラスムスの著作の一つに、『戦争は体験しない者にこそ快し』と題する作品がある。
 昨年七月の閣議決定以来、いわゆる安全保障法制の整備(実は戦争立法)に向けた安倍内閣の動きは急速の度を加え、去る三月二〇日に発表された与党合意を受けて、いよいよ統一地方選終了後の連休明けには法案提出となる見込みとされている。こうした安倍内閣の戦争立法に向けて邁進する執拗な動きを見るにつけ、いつも想起されるのが、〈戦争は体験しない者にこそ快し〉というこの警句である。ここで〈体験しない者〉とは為政者のことを指していることは言うまでもないだろう。為政者は自ら戦争の最前線に立たないことが判っているからこそ、戦争について快く(あるいは格好よく)語ることができるのであろう。戦争や暴力の現場で惹き起こされる悲惨な事態、人間の尊厳が無残にも踏みにじられ、人びとの運命が狂わされてしまう現実を、リアリティーをもって認識できないからこそ、あるいはそれに目をふさごうとするからこそ、戦争や武力行使という手段を選択する方向にた易く進んでしまうと思わざるを得ない。

 イスラム国によって日本人の人質が殺害されるという不幸な事件が起きて以来、日本が集団的自衛権の行使や、テロ対策を含む国際の平和と安全への貢献、あるいは「グレーゾーン」事態への対処などの名において、「積極的」につまり武力行使をも辞さない方法で関与することが、日本や日本国民をいかに危険にさらすことになるかが、絵空事ではなく、にわかに現実味を帯びてきた。
 このような現実味を帯びてきた危険を前にして、だから究極的には武力行使の手段をも辞さないという毅然とした態度をとるべきだとして、安倍内閣による戦争立法の動きを支持する世論が喚起されるおそれなしとしない。しかし、だからこそ、そのような危険な道を避けるためにも武力行使ではなく、あくまでも平和的な手段で紛争を解決すべきであるという世論を喚起しなければならないと思う。
 そのような意味では、戦争を防止し、紛争を真に解決するためにはいかなる方法をとるのが賢明であるかという根本問題について議論することが必要不可欠である。安全保障法制(戦争立法)の中身に対する個々の具体的な批判については、本号に掲載される諸論稿で十分に論述されると思うから、ここで触れなくてよいであろう。
 ここで強調したいのは、法案批判の際には常に紛争の平和的解決を主眼とする日本国憲法の平和主義の原理に立ち返った根本問題の議論を忘れてはならないことである。

 〈戦争は戦争を生み、復讐は復讐を招く〉ということを洞察するのが人類の英知である。〈暴力の連鎖〉が際限なく広がることは、最近の経験、すなわち各地の紛争と関係国政府による政策の失敗の経験からも明らかである。日本国憲法の平和主義は、武力には武力をもって対峙することは有効ではないというこうした人類の英知に立脚している
 いま私たちは「平和への権利」を国連総会の場で宣言し、国際人権化しようとするキャンペーンに、日本実行委員会を作り、各国のNGOと協力しながら取り組んでいる。日本政府はEU諸国やアメリカとともに「平和への権利」を国連で決議することに反対の立場をとっている。これは安倍内閣の最近の戦争立法化の動きとともに、国際世論の動向に真っ向から反するものである。戦争立法に反対し日本国憲法九条を守るためにも、この「平和への権利」を広める活動にも取り組み、世論を作っていかなければならない。



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