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 法と民主主義2016年10月号【512号】(目次と記事)


法と民主主義2016年10月号表紙
特集★市民と野党の共同
特集にあたって………編集委員会・丸山重威
◆憲法25条の意義と人権としての社会保障──その到達点と課題………井上英夫
◆憲法25条の破壊はどう進められてきたのか──新自由主義と貧困のパンデミック………唐鎌直義
◆労働者の生存(権)は守られているか………和田 肇
◆生活保護とは何か──狭くなる窓口にどう抗うか………森川 清
◆「広く厚く」の税制を改めて告発する………浦野広明
◆誰でも「貧困」に転落する  「一億総下流時代」への政策転換を………藤田孝典
◆絵空事ではない平等を  障害者自身が闘った「人間の尊厳」………中村尚子
◆番外編・あなたとランチを〈20〉うちの子も となりの子も………栗林知絵子×佐藤むつみ

  • 司法をめぐる動き・辺野古訴訟・福岡高裁判決の論理──行政法理論の「誤解」………本多滝夫
  • 司法をめぐる動き・9月の動き………司法制度委員会
  • メディア・ウオッチ2016●《メディアの評論と世論》 「無責任」と「劇場政治」の時代? あまりに軽い「ことば」たち………丸山重威
  • 連続企画●憲法9条実現のために〈8〉「改憲」手続きはいかなる問題を抱えているか………小田中聰樹
  • 寄稿●中国での毒ガス兵器遺棄を巡る戦後補償問題──チチハル毒ガス被害者の聞取りを受けて………吉田邦彦
  • 書評●岸-金堂玲子/森岡孝二編著『健康・安全で働き甲斐のある職場を作る』ミネルヴァ書房………崎 暢
  • 時評●霞ヶ浦導水事業差止訴訟のことなど………谷萩陽一
  • ひろば●日民協が「軍学共同反対連絡会」に参加………澤藤統一郎

 
憲法25条と私たちの生活

◆特集にあたって
 生活保護、健康保険、介護保険、子どもの就学援助や保育・子育て支援の放置、年金や置き去りの高齢者、障害者政策、労働者の生活と権利の剥奪、破壊…。安倍政権による憲法二五条への攻撃が続いていています。「健康で文化的な最低限度の生活」を保障し、国にその改善の義務を課した憲法二五条は、非戦・非武装の平和主義を決めた憲法九条と並んで、日本国憲法の思想の根幹をなすものです。
 そして七〇年にわたる国民の実践は、二五条を「ただ宣言しただけ」のものとはせずに、朝日訴訟をはじめとする多くの訴訟などを経て、具体的な権利を保障するものに発展させてきています。
 かつて「インフレなき福祉をめざして」を「経済白書」(一九七三年版)の副題に掲げ「活力と真の豊かさに満ちた福祉社会の建設」をうたった日本ですが、世界的な「新自由主義」の台頭の中で、一九八〇年代の「臨調・構造改革路線」以来、社会保障の中にも「受益者負担」「自己責任」が持ち込まれ、抑圧傾向が強まりました。確かに、政府予算に占める社会保障費は、「少子化」、「高齢化」の急激な進行の中で、増え続けています。しかし、社会福祉の充実こそ国の在り方の基本だと考えるなら、他の費用をカットしてでもその充実を図っていかなければならないことは明らかです。細かな手立ての問題ではなく、原点に返った論議が必要でしょう。
 ところが、この憲法二五条に関わる問題は、「日本が戦争する国になるのかどうか」などという問題と比較して、問題は細かく、地味で、ニュースにもなりにくく、見逃されやすく、話題にもなりにくい。それぞれの運動は個別的で、なかなか総合化されていません。
 今回の特集では、総論的に、憲法二五条の原点と、七〇年を経た今に至る憲法二五条の歴史をたどり、現在の到達点と課題を、井上英夫氏(金沢大学名誉教授)に、さらに、新自由主義思想の下で、社会保障政策の原則が破壊され、既に、貧困がパンデミック(爆発的な流行、拡大)状況の危機にある状況を、唐鎌直義氏(立命館大学教授)に。そして、個別の問題について、「労働者の生活権」の角度から和田肇先生(名古屋大学教授)、生活保護について、日弁連貧困問題対策委員会の森川清弁護士、税制問題については、浦野広明氏(立正大学客員教授)に執筆をお願いしました。
 さらに、運動の現場で活動している方々にインタビューしました。
 高齢者問題では、埼玉で特定非営利活動法人ほっとプラス代表理事として活動している藤田孝典氏(聖学院大学人間福祉学部客員准教授、障害者問題では、全国障害者問題研究会(全障研)副委員長の中村尚子氏(立正大学社会福祉学部准教授)、「子どもの貧困」では、「子ども食堂」の運動進めてきた、NPO法人・豊島子どもWAKUWAKUネットワークの栗林知絵子理事長にお話をうかがいました。
 憲法二五条も、九条と同じように、憲法の条文と精神を守ろうとする運動と、改悪をねらう政権と支配権力との間で「せめぎ合い」が続いています。改めて人間の尊厳と法の下の平等に根ざした「健康で文化的な生活」を求める運動を広げなければならないと思います。この特集が、そのための一助になれば、と心から思います。


「法と民主主義」編集委員会 丸山重威


 
時評●霞ヶ浦導水事業差止訴訟のことなど

(弁護士)谷萩陽一

1 はじめに
 錚々たる顔ぶれに混じって私がこのようなページの原稿を書くなどおこがましい、とお断りしたが許されなかった。
 そこで、おそらく皆さまにあまりなじみのない霞ヶ浦導水事業差止訴訟について報告して責めを果たしたい。 
 茨城県を河口とする那珂川は関東随一の清流であり、良好な水質と豊富な自然、そして漁業資源に恵まれている。天然アユの漁獲高は四万十川などをはるかにしのぎ日本一である。江戸時代には幕府や朝廷に献上されたというサケ漁は今でもさかんである。
 この那珂川と霞ヶ浦・利根川を長さ約45キロの地下トンネルで結ぶ「霞ヶ浦導水事業」が計画されたのは今から約30年前の1985年。
 事業目的として、霞ヶ浦等の浄化、那珂川・利根川の渇水対策、新たな水源開発がかかげられた。
 総事業費は1900億円。その相当額を茨城県はじめ関係都県が負担する。
2 第一次導水差止訴訟
 この事業に対しては、当初から自然保護団体等から批判の声があった。生態系に混乱をもたらすおそれや、霞ヶ浦で深刻化している外来魚被害が那珂川に拡散するおそれが指摘された。
 1990年代に活発になった市民オンブズマン活動を背景に、税金の無駄使いという観点から霞ヶ浦導水事業の差止を求めようと、市民団体が2001年7月に事業の差止を求める住民訴訟を提起した。私はこの代理人を務めたが、2003年12月にあえなく門前払い判決を下された。
3 国の一方的な着工宣言と裁判の開始
 その間、国は工事を進め、2007年ころまでに一部の地下トンネルや機場(ポンプ場)の工事を完成させた。
 那珂川からの取水口については、那珂川の漁業組合が、アユの仔魚が川を下る途中で吸い込まれる影響などを懸念し、国と話合いを重ねてきた。
 ところが、2007年9月になって、国は漁業組合との話合いを一方的に打ち切り、取水口の工事に着工することを通告した。漁業組合はこれに反発し、那珂川の栃木県の上流から茨城県の河口までのすべての漁業組合が一致して裁判に立ち上がることになった。
 弁護団も、茨城の弁護士だけでなく、八ッ場ダム訴訟の弁護団員など、東京・栃木の弁護士にも加わっていただいた。
 仮処分の申立、仮処分の取下げののち、本訴提起の段階で、シジミの一大産地である涸沼の漁業組合も加わった。
4 漁業権を根拠に立証活動
 漁業権は漁業組合に帰属し、漁業法で物権とみなされ、土地に関する規定が準用される。漁業権をめぐっては、漁業組合が補償金と引き換えに事業を認め、これに不服な漁民が訴訟を提起することが多い。しかし、この訴訟では漁業組合自身が原告となっている点で画期的であった。
 マスコミの関心も高く、また、一時は民主党政権下で事業の中止の期待もあったが、自民党政権復活でその期待はなくなった。
 科学者集団の献身的な協力も得られ、立証活動が精力的に行われた。元水産試験場研究員の専門家証人は、漁業権が水産資源の増殖義務を伴う権利であること、この事業は増殖を担う漁業組合の努力を否定するものであることを強調した。2014年1月には現地進行協議として裁判官が県内何箇所かの現地を見て回った。
5 地裁の不当判決と高裁でのたたかい
 しかし、水戸地裁は2015年7月17日、原告らの請求を棄却するとの不当判決を下した。判決は受忍限度論を採用したうえで、漁業権による妨害予防請求を認めるには侵害行為が客観的に極めて強く大きなものでなければならず、漁業権侵害の具体的危険の存在が必要であるところ、本件ではその立証がないとした。本来国が危険のないことを立証すべきところを、国民が立証の負担を負わされる理不尽を強く感じながら、現在控訴審のたたかいを続けている。
6 環境を守る法律家の役割
 私が茨城で弁護士をはじめた32年間に、ゴルフ場開発、産業廃棄物処分場やゴミ焼却場の差止訴訟、八ッ場ダム訴訟などいくつもの環境に関する訴訟がたたかわれてきた。勝訴したものばかりではないが、環境を守りたいという住民の期待に応える法律家の役割は今後も変わることはないと思う。
(やはぎ よういち)



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