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◆特集にあたって
日本国憲法は、この一一月三日で公布七〇年を迎えました。人間でいえば「古稀」にあたるこの時に、安倍首相は何ら寿ぎの言葉を口にしませんでした。むしろ、「任期中の改憲」をもくろむ同首相の意向に沿うかのように、衆参両院の憲法審査会が、この一一月から活動を「再開」します。衆院憲法審査会の再開を決めた幹事懇談会では、「集団的自衛権は違憲」と三人の憲法学者が発言した昨年二〇一五年六月四日審査会を「悪夢」と評して、運営に注文をつける与党議員がいたそうです。何とも寒々しい政治の情景が、私たちの前に広がっています。
七〇年目の日本国憲法の前には、安保法制の南スーダンPKOでの発動、地方自治を破壊して強行される沖縄での米軍基地問題、急浮上した天皇の「生前退位」問題、後を絶たない冤罪など、憲法の根本原理から検討すべき問題が山積しています。一一月八日のアメリカ大統領選でのトランプ氏の「衝撃」的当選は、さっそく在日米軍基地の費用負担問題をクローズアップさせています。
今こそ、日本国憲法の原点をあらためて確認し、今日の憲法状況をこの原点から検証することを通じて、将来を展望することが切実に求められています。
杉原泰雄氏の巻頭論文では、「少国民」世代として日本国憲法とともに歩んでこられた憲法研究者の立場から、日本国憲法の立憲主義の原理を明らかにするとともに、今日の「強権政治」に対峙する視座を示していただきました。
続く末浪靖司氏の論文は、日本国憲法の制定の直後から始まる日米の軍事協力の実態の解明を通じて、憲法九条の体制が歪められる「出発点」を明らかにしています。
内藤功氏には、日米安保体制の下で創設され、同時に憲法九条の下に置かれ続けてきた自衛隊について、長らく「九条裁判」に取り組んでこられた立場から論じていただきました。
井端正幸氏の論文は、憲法制定から長らく米軍の軍事占領下に置かれ、復帰後も日米安保体制の「要石」として位置づけられてきた沖縄の米軍基地が住民と自治体を苦しめ続けている今を論じています。
成澤孝人氏には、天皇の「生前退位」問題についての基本的視座を、歴史と比較の中から論じていただきました。
秋山賢三氏の論文は、明治憲法下の刑事手続の反省から生まれたはずの日本国憲法の「刑事人権」の意義と、それでも後を絶たない冤罪について論じています。
白藤博行氏には、日本国憲法の地方自治の原理から「地方分権改革」と沖縄の辺野古基地訴訟を論じていただきました。
当面する喫緊の憲法問題を軸に特集を組んでみました。紙幅の関係で今回取り上げられなかった論点や問題については、来年の「日本国憲法施行七〇年」に向けて、さらに特集を組むなどして論じていこうと編集委員会では話し合っています。
1 成年後見利用促進法
「成年後見制度の利用の促進に関する法律」と「成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」が施行された。政府は、この法律に基づき、成年後見制度利用促進基本計画を定め、成年後見制度の利用の促進に関する施策を総合的かつ計画的に推進していくとされている。
2 超高齢社会と長生きリスク
少子化とあいまって、日本の高齢社会は今後さらに進展していく。65歳の日本人の平均余命は男性19年・女性24年であり、100歳を超える高齢者も珍しくなくなった。長寿は喜ばしいことではあるが、ライフプランニングにおいては、長生きは「リスク」と言われ、老後資金を使い果たさないようリスクを考慮して計画を立てている。また、判断能力の衰えから詐欺的商法の被害にあう人もいるし、本人に代わり推定相続人の一人が預金を管理している場合には、預金の使い道を巡って親族間で紛争が生じることも珍しくない。定年後も長く続く人生を充実させるためにも、判断能力が衰えた場合には適切な財産管理と日常生活のサポートがなされるように、社会全体で支え合う仕組みを作ることは、確かに重要な課題である。
3 「融通が利かない」制度?
しかし、市民からすれば、後見制度は、「手続が面倒」「お金がかかる」「融通が利かない」「良く分からない」と必ずしも良いイメージではない。弁護士後見人の横領の報道を聞けば、市民が不安になるのも当然である。私も、弁護士として何人かの後見人を務めているが、複雑な利害関係や親族の感情の中で、ご本人の本当の意思はどこにあるのか、どうすることが一番ご本人にとって望ましいことなのか、悩ましい事態によく遭遇する。福祉の専門家にも相談したりして悩んだ上に下した判断に対し、ご家族から「融通が利かない」と不満を持たれることも少なくない。
4 変化する社会の中でも、変わらない基本的人権
このように後見人は、日々悩みながら業務を行っているが、社会は私たちの想像を超えて変化し、お金の概念すら変わっていく。クレジットカードから電子マネーに、さらに今後は仮想通貨も決済手段として広まっていくだろう。憲法改正を意図する自民党の憲法改正草案では、生命、自由及び幸福追求に対する個人の権利の尊重は、「公益及び公の秩序に反しない限り」との留保がつけられ、人権を公益で制約しようとの意図が明確である。また、今は、個人でもネットで簡単に情報発信が出来、以前はとんでもない暴論と思えた意見が、ネット上では多くの賛同を得ていたりして背筋が凍る思いをすることがある。生活保護受給者に対するバッシング、過度な自己責任論、逮捕された者に対する誹謗中傷などネットには悪意の投稿が溢れ、正義の名において、執拗かつ集中的に叩いている。
このような嫌な変化がある社会ではあるが、疾病や障害によって自ら意思決定をすることに困難がある人でも、自分の人生を、「自分らしく生きる」ことは、「個人の尊厳」とともにかけがえのない基本的価値の一つであり、憲法13条により保障されている基本的人権である。この基本的人権は、たとえ社会が変わっても、変わることなく守り抜かなければならない。国は、成年後見制度を進めるにあたっては、ご本人の権利擁護の観点から、一人一人が「自分らしく生きる」ことができるよう支援する制度にしなければならない。
5 誰もが直面する問題
今年の2月に父が入院した際、入院診療計画書の機能評価で「認知症」の欄にチェックがつけられていた。裁判官、公証人、弁護士として、明晰な頭脳で仕事に励んできた父も、ついに認知症といわれる時が来たかと感じた。認知症の高齢者は、462万人と推計されている。誰もが直面する問題であることを実感し、父にも「自分らしく」生きて欲しいと願う次第である。
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