ひろば 2017年11月

 独裁者が好む「国民投票」と法律家の役割


 「あらゆる者の自由と平等」という理念が現世に於いて実現されてきたという「世俗化史観」に依拠し、ヴァイマール共和国の国法学者ヘルマン・ヘラーは、「あらゆる者の自由と平等」という理念を根底から否定する「独裁」ではなく、そうした理念をさらに進化させた「社会的法治国家」こそがドイツの進むべき道であると市民に訴え続けた。ヘラーの訴えはドイツ社会の受け入れるところとはならず、ヒトラー独裁体制は多くの人々の尊厳を蹂躙した。ヘラーの「社会的法治国家」論はドイツ連邦共和国基本法に受容されるなど(20条、28条)、ヘラーは戦後ドイツで高い評価を得ている。
 国法学者ヘラーのあり方は、法を専門とする私たちに有益な示唆を与える。つまり、「危機の時代」に際し、ヘラーは法律家としての「あるべき姿」を私たちに提示していると思われる。
 2017年10月の選挙で自民党と公明党は3分の2以上の議席を獲得した。日本維新の会や希望の党などを含めれば、改憲勢力は5分の4ちかくになる。安倍首相は憲法改正に邁進することを明言している。その中心は憲法9条の改正であり、「戦争できる国づくり」である。紙幅の関係で結論だけ述べれば、『法と民主主義』でさまざまな論者が指摘してきたように、安倍首相の目指す憲法改正がなされれば、たとえば自衛隊――「国防軍」などに変わっているかもしれない――
が世界中で戦うことが可能になる。
 自衛隊が世界中で戦うことが可能になる憲法改正を目指す安倍政権に、私たちはどう向かい合うべきか。とりわけ憲法改正国民投票を視野に入れた対応が求められる。国民投票といえば、主権者の意志を直接表明する手段として好意的に受け入れられるかもしれない。しかし、「独裁者ほど国民投票を好む」のであり、フランスではナポレオン1世や3世、ドイツではヒトラーが国民投票を悪用して自己の地位や政策を強化してきた歴史がある。主権者である国民の意志を問うためでなく、権力者の地位や政策を強化するために権力者が悪用する国民投票はフランス憲法学で「プレビシット」と言われる。国民投票について議論をする際には、常に「プレビシット」の危険性に配慮する必要がある。
 この点、2007年に安倍自公政権下で成立した「改憲手続法」(憲法改正国民投票法)は、主権者の意志を正確に表明させるためではなく、権力者に都合の良い結果が出やすい制度、「プレビシット」の危険性をはらむ国民投票制度になっている。
 そして憲法改正国民投票が実際に行われるのはどのような時か。憲法改正を目指す安倍首相や自民党に都合の悪い結果が出る可能性が高い時、権力者は国民投票を行うだろうか?
 2016年6月、イギリスで行われた国民投票でEU離脱という結果が出たため、キャメロン首相は辞意を表明した。住民投票でも、2015年5月17日に実施された「大阪都構想」の是非を問う住民投票で反対票が多数となったことを受け、橋下徹氏は大阪市長を辞職した。国民投票で示された意志が権力者の思惑と異なることが明白になったとき、権力者は事実上、辞任に追い込まれる。そうしたことを前提とすれば、権力者が国民投票を行うのは、権力者にとって都合の良い結果が出る可能性が高い時、すなわち、安倍政権が北朝鮮や中国の脅威をさんざん煽り、一部の「権力の番犬」に成り下がった「御用メディア」も政府の宣伝に加担し、多くの国民が憲法9条の改正に賛成していると権力者が判断した時の可能性が高い。
 ただ、権力者や一部の御用メディアがそうした動きを見せるときこそ、法律家の真価が問われる。社会が危機的状況に向かおうとしている時、市民に社会の危機との警鐘を鳴らし、その問題点を社会に提起するのは法を専門とする者の社会的責務であると思われる。具体的には、自衛隊を憲法に明記する憲法改正の問題点、国民投票が「プレビシット」になる危険性を、法律家は市民に提示することが求められる。

(名古屋学院大学 飯島滋明)


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