日民協事務局通信KAZE 2006年12月

 回文・美しい国、憎いし苦痛


 安倍晋三首相の初めての単著である「美しい国へ」(文春新書)を購入して読んでみた。本音を言えば、彼に印税が入ることには協力したくなかったのだが、曖昧な物言いしかしない安倍首相の本音を知りたくて買ってしまった。

 帯には「自信と誇りのもてる日本へ」と書かれてある。経済格差が拡大し、ますます雇用と生活が不安定となる多くの国民、特に若者の不満をそらすために、自己同一化したくなるような強い国家という虚像を提供しているように思える。確かに、安倍は、あとがきで「(本書を)若い人たちに読んで欲しいと思って書いた。この国を自信と誇りの持てる国にしたいという気持ちを、少しでも若い世代に伝えたかったからである」と、執筆の動機を語っている。思い返せば、小泉前首相も携帯電話で電子メールを活用している若者向けにメールマガジンを作成して若者向けにせっせとメッセージを送り続けた。小泉人気を継承したい安倍が、若者の取り込みに躍起となるのも頷ける。

 安倍は、歴史認識についてこのように述べている。「この国に生まれ育ったのだから、わたしは、この国に自信をもって生きていきたい。そのためには、先輩たちが真剣に生きてきた時代に思いを馳せる必要があるのではないか。その時代に生きた国民の視点で、虚心に歴史を見つめ直してみる。」と。「自信」とか「誇り」とか「真剣に」といった感情に訴える言葉を多用して歴史の見直しを唱えているのが本書の特徴である。「真剣に」生きたということをいくら強調しても、侵略戦争の加害者であり加害国であるという事実は消えるはずはないのに。また、安倍は、「国家のためにすすんで身を投じた人たちにたいし、尊崇の念をあらわしてきただろうか」とも述べ、戦死者を誉め称えるべきだと主張しているが、大いに疑問である。政府がなすべきことは、甚大な被害を与えた周辺国への真摯な謝罪であり、若者を無意味な死へ駆り立てたことへの反省であり、戦争被害者に対する補償であるはずである。もし誉め称えられる者がいるとすれば、それは政治弾圧にも負けずに反戦・平和を一貫して訴えた市民たちのはずであるが、安倍が靖国神社への参拝を止めて、彼らの名誉回復に取り組むという話はいまだ聞いたことはない。

 安倍が熱心に若者の支持を取り付けようと虚言を弄しているにもかかわらず、世論調査によれば、小泉時代に比べると若者の支持率が急低下しているそうである。やはり若者は敏感なのだ。「改革」に痛めつけられた世代は矛盾が拡大しつつあることに気がつき始めている。

 私は自分の国を「美しい」と形容する安倍のようなナルシストにはなりたくない。歴史の暗部を美化し、不都合な点を微化している本書と安倍の言動はこれからも厳しく批判されなければならない。

(弁護士 大山勇一)


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