日民協事務局通信KAZE 2007年12月

 パキスタンのいま―法律家の役割とは―


 弁護士バッジを手にしたこの九月、縁あって、本誌の編集委員に加わることとなりました。よろしくお願いいたします。

 本誌とは五年前、大学の図書館で出会った。「法と民主主義」。このタイトルに惹かれ、私は反射的に手を伸ばしていた。
 「法と民主主義」という観点で思いを巡らせたとき、今、頭に真っ先に浮かぶのは、パキスタンの現状だ。ただし、一人の大統領が、それを危機に陥らせているという意味で。
 今年一一月三日、ムシャラフ大統領は、非常事態宣言を発令した。最高裁が、同氏の大統領選当選を覆す判決を出すことが予想されたためだ。宣言は▽憲法の効力停止▽最高裁長官の解任▽デモ・集会の規制▽警察による逮捕権限の拡大▽商業テレビの放送禁止―という内容だった。同日、民営テレビは、放送の全面停止に。さらには、抗議のために集まった弁護士らも一斉に逮捕された。一部報道によれば、逮捕者数は同月六日までに約三五〇〇人にものぼったという。
 自己に不利な判決を阻止するための非常事態宣言発令、というムシャラフ氏の暴挙は、「法の支配」に対する明らかな侵害だ。その行為は、国際慣習法にも反しており、決して許されない。
 同氏は、一二月一五日には非常事態宣言を解除する、との意向を明らかにしている。だが、それで事は終わらない。大多数の法律家は、現在も拘束されたままだ。また、一ヵ月以上にわたる放送禁止で報道機関の受けた損害も計り知れない。パキスタンの民主化の流れは明らかに大きく後退した。
 翻って日本は、パキスタンの最大援助国である。にもかかわらず、日本政府の対応は、パキスタン政府に対し、完全民主化への歩みを放棄しないようには求めても、直ちに援助凍結に踏み切る考えはない、とする生ぬるい反応だった(一一月六日当時)。例えば、パキスタンの英連邦資格を停止した英連邦の対応とは、大きな落差がある。
 最大援助国として、日本は、パキスタンに一定の影響力を有している。ならばなおさら、日本政府は、もっと毅然とした態度で働きかけをすべきだった。
 他方で私は、日本の法律家も、世界、特にアジア諸国で起きているこういった事態に、もっと声を上げられるのではないか、と思っている。私の所属する人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」(法律家や研究者、ジャーナリストらで構成)は、一二月六日、法律家の釈放等をパキスタン政府に促すよう、日本政府に求める声明を出した。
 このような声明の影響力は、今はまだ強くはない。けれども、私は、こういった「下からの声」が、世論を巻き込み、政府を動かす力になりうる、と信じている。法律家が、このような分野で「法と民主主義」のために果たせる役割は、限りなく大きいはずだ。これから、微力ながらも、こういった形で、「法と民主主義」に貢献できたらと思っている。

(弁護士 安孫子理良)


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