|
|||||
|
◆特集にあたって
今、これまでにない規模とスピードで労働者の権利破壊の法制化が進められようとしている。安倍政権は、成長戦略の一環として、「世界で一番企業が活動しやすい国」を目指すとする緊急経済対策を閣議決定し、労働者の権利を保護する制度の全面改悪の目論みを強めている。
改悪の内容は、労働者派遣の規制の緩和、限定正社員の導入などによる解雇規制の緩和、有料職業紹介事業の拡大、国家戦略特区設置による解雇規制改悪、限定正社員の導入などによる解雇規制の緩和、労働時間規制全般の見直しなど、全面的かつ抜本的なものになっている。
しかも、その手続きは、労働者代表の声を聞くことなく首相官邸及び財界の主導で行われている。
こうした安倍政権の「雇用改革」の具体的内容とその手続きは、労働者の基本的権利を定めた憲法二七条及び二八条の精神を没却するものとなっており、憲法に基づく戦後の労働法制を破壊する「憲法改悪」策動と言っても過言ではない。
ところが、これほどの問題が猛スピードで進められているにもかかわらず、その重大性について多くの国民の知るところとはなっていない。
そこで、本誌では、労働者の基本的権利を破壊する「雇用改革」の全貌を明らかにするとともに、これにどのように対抗していくのかを考える特集を企画することとした。
昨今、労働者の権利を無視する企業が後を絶たず、これら企業のことを「ブラック企業」と呼ぶ。今回の労働法制改悪の動きは、労働者の権利を蔑ろにする法制化という意味でまさに「ブラック法制化」である。今回の「雇用改革」の内容と手続両面にわたる反労働者性をストレートに表現するために、特集の表題を「『ブラック化』する労働法制」とさせていただいた。
萬井隆令龍谷大学名誉教授には、総論として安倍政権の「雇用改革」の全貌を明らかにする論考をお願いした。安倍政権のもとで雇用に関わる規制緩和への動きが急かつ大規模に進んでいること、およそ重要な労働条件・労働問題でとりあげられないものはない、全面的な労働法制改革になろうとしていること、財界と首相官邸周辺の一部の者で議論し、そこで内容が固まったところで労政審に諮られる手法が採られていることなど、内容、手続両面にわたる「雇用改革」の特徴を鋭く分析しご指摘いただいた。
また、菅俊治弁護士(日本労働弁護団事務局長)には、今回の雇用改革の手続きの異常性を明らかにする論考をお願いした。今回の雇用改革のスピードが「異次元」のものであること、これを可能にしているのが内閣府のもとに置かれた諸会議であり、ごく一部の財界人によって主導されていること、雇用ルールの全面破壊を概ね三年の工程で実現しようとしていることなど、詳細な事実に基づき手続きの実態を明らかにしていただいた。
さらに、同弁護士を通じて、日本労働弁護団の若手・中堅の弁護士の方々に各論の執筆をお願いした。橋本佳代子弁護士には「労働者派遣制度に対する規制の緩和」を、梅田和尊弁護士には「民間人材ビジネスの拡大とその影響」を、岡田俊宏弁護士には「国家戦略特区設置による雇用規制緩和」を、金子直樹弁護士には「ジョブ型正社員の普及と解雇規制改革」を、木下徹郎弁護士には「『新しい労働時間制度』の諸問題」を、小林大晋弁護士には「労働契約一八条(無期転換申込権)の特別措置法の内容と問題点」を、井信也弁護士には「技能実習生を含む外国人労働者の『活用』方針の問題点」をご執筆いただいた。
これらの論考によって、「雇用改革」がいかに全面的なものか、「雇用改革」の内容・手続きが漏れなく明らかにされたと思う。いずれも力作であり、雇用・賃金・労働時間規制など全般にわたる改悪の内容と手続きの深刻さを余すことなく具体的に示していただいた。萬井先生、及び、菅先生を初めとする日本労働弁護団の先生方に深く感謝したい。
いずれの論考も、事実と法解釈論を丁寧に展開していただいているが、改悪を許してはならないという思いに満ちたものでもあった。本特集が労働法制の「ブラック化」を許さない契機となることを願うとともに、読者諸氏には安倍政権の「雇用改革」に対抗する運動づくりに活用していただくことをお願いする次第である。
最後に、萬井先生の論考の結びとなる次の言葉を肝に銘じたい。
「安倍政権による雇用規制改革は、内容が反労働者的であるというだけではなく、法改正の手続き・手法も質的に異なっている。労働者の権利を尊重するようなことは少しも考えない、という公然たる挑戦と受け止める必要がある。」
政府と、産業競争力会議は、「新しい労働時間制度」を導入しようとしている。その宣伝文句は、労働時間と報酬のリンクを切り離して、実際に働いた時間と関係なく、成果に応じた賃金を支払うというものである。これによって長時間労働をなくし、女性も働きやすくなるという。
しかし、これはまったく噴飯ものの立論である。この「新しい労働時間制度」は、残業をゼロにするものではなく、単に残業代をゼロにするだけのものである。割増残業代の支払い義務があることを労基法が定めるのは、労働者に残業した報酬を支払うものではない。あくまで、一日八時間以上働かせた使用者に対するペナルティである。お金を払えばすむことではなく、長時間労働を抑止するための制度である。これを成果主義賃金報酬の話しに論点をずらそうとする。このような政府の宣伝をそのまま無批判に報道するマスコミが多いのには失望させられる。
日本の労働者の労働時間が年間何時間であるかという事実から出発して考えなければならない。安倍首相らは、俗耳に入りやすい情緒的なフレーズを多様して、物事の本質をごまかしている。
政府の労働時間の公式統計(厚労省「毎月勤労統計調査」)では、日本の労働者の年間労働時間は一七五〇時間前後としている。しかし、この数字は正社員やパートタイム労働者、アルバイトも含めた全労働者の平均であり、パートを除いた労働者の労働時間は、二〇〇〇時間を超えている。しかも、この毎月勤労統計調査は、事業主からの回答で集計した調査であり、サービス残業は含まれていない。
これに対して、総務省統計局は、全国四万世帯、約一〇万人の労働者に聴き取り調査をした調査結果を公表している(労働力調査)。これによれば、男女計で年間で約二一〇〇時間の労働をしており、男性で見ると、年間二三〇〇時間を超えている。男性の七割以上が正社員であるから、正社員の年間労働時間は二四〇〇時間に近い数字になっている。
これは到底、一日八時間、週休二日制の働き方ではない。恒常的な長時間労働に、日本の労働者はさらされているのが実態である。ヨーロッパでは、一般の労働者は、残業などはせず、午後五時には自宅に帰り、夕食は家族とすごし、夜は音楽会に出かけるのが普通の生活である。日本の労働者はこれと全く違う生活を送っていることになる。
「セブン・イレブン就労」、つまり朝七時に出勤して、夜一一時に帰宅するというのが日本の労働者では珍らしくない。こんな働き方をしている労働者は、年間三〇〇〇時間近く働いており、「過労死予備軍」である。また、このような働き方では、男女問わず、ワーク・ライフ・バランスや家庭の育児や家事責任をまっとうすることはできない。事実上、家事責任を負っている女性労働者が正社員として安定した地位で働き続けることも困難となる。若者たちは子どもを持ちたいと思っても、持てない状態が続くことになる。
こんな長時間労働が蔓延している中、残業を禁止せずに、残業代ゼロにする労働時間制度を、企業が導入すれば、過労死を促進することになることは必至である。
現在、企業は三六協定を締結すれば、事実上、青天井の残業で働かせることができる。今、日本の社会に必要なことは、このような穴だらけの労働基準法の規制を強化して、一日の労働時間の上限を厳格に規制することである。このような労働規制を「岩盤規制」などと言って破壊しようとすることは、未来の世代を失うことになる。
©日本民主法律家協会