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 法と民主主義2017年8・9月号【521号】(目次と記事)


法と民主主義2017年8・9月号表紙
特集★「安倍9条改憲」に抗して
特集にあたって………編集委員会・南 典男
《日本民主法律家協会第56回定時総会記念講演より》
◆暴走する安倍政権の改憲策動とどう闘うか………右崎正博
《改憲問題対策法律家6団体連絡会主催シンポジゥムより》
◆私たちは、9条に自衛隊を明記する安倍首相の提案とどう向き合うべきか ──憲法改正要否の基本ルールとの関連で──………高見勝利
《改憲問題対策法律家6団体連絡会・夏季合宿より》
◆「安倍9条改憲」論の批判的検討………山内敏弘
◆「安倍9条改憲」に対抗する安保外交政策………浅井基文
◆「安倍9条改憲」阻止の全国的市民運動をつくりあげる………高田 健

  • 連続企画●憲法9条実現のために〈15〉─@テロ対策と国家緊急権──緊急状態下フランスの人権(上)………村田尚紀
  • 司法をめぐる動き・死刑と再審のジレンマ………泉澤 章
  • 司法をめぐる動き・7月/8月の動き………司法制度委員会
  • メディアウオッチ2017●《戦後七二年の「八月ジャーナリズム」》深く、静かに進む、改憲戦略 メディアで狭められる「意見の幅」………丸山重威
  • あなたとランチを〈29〉………ランチメイト・関本秀治先生×佐藤むつみ
  • BOOK REVIEW 李京柱著「アジアの中の日本国憲法 日韓関係と改憲論」勁草書房………澤藤統一郎
  • トピックス●「共謀罪対策弁護団」が発足──共謀罪を発動させない!市民を萎縮させない!共謀罪の廃止を!………米倉洋子
  • トピックス●「総がかり行動」を超える「総がかり運動」を──安倍9条改憲NO!全国市民アクションの結成………清水雅彦
  • 時評●いま、かつての戦争から何を学ぶか………野間美喜子
  • ひろば●憲法施行70周年 安倍改憲との最終ゴング鳴る………大江京子

 
「安倍9条改憲」に抗して

◆特集にあたって
 いま、この国は岐路に立っている。
 特定秘密保護法では市民に開示されるべき重要な国家情報が「秘密」とされ、戦争法(安保法制法)では専守防衛を踏み越えて集団的自衛権の行使を認め、共謀罪法では刑法の大原則を覆して犯罪実行行為がなくても処罰できることとし、そして今、安倍首相は二〇二〇年に「新憲法」を施行すると表明するに至った。
 憲法は、立憲民主主義、恒久平和主義、基本的人権の保障という基本原理によって個人の尊厳を実現することとしている。こうした憲法の仕組みを、戦争が出来るように、国家に個人が従属する仕組みにドラスティックにつくりかえようとしている、それがいまなのだろう。

 安倍首相は、本年五月三日、「憲法九条一項二項をそのまま残し、自衛隊の存在を記述する」とする改憲案(以下「安倍九条改憲」と呼ぶ。)を提示し、二〇二〇年までに施行するというタイムスケジュールにまで言及した。
 自民党は都議選で歴史的敗北を喫し、安倍内閣の支持率は急落したが、自民党憲法改正推進本部は、本年秋の臨時国会に自民党改憲案を提出、二〇一八年に国会による発議、国民投票、二〇二〇年に施行というスケジュールを変えていない。戦後初めて、憲法改正案しかも九条改憲案が発議される現実的可能性が切迫している。

 本特集の企画の意図は、こうした状況の中で、安倍九条改憲とは何なのかその全貌を明らかにし、改憲に対峙する国民運動に活用していただこう、というものである。
 「安倍九条改憲」は、一見すると単なる「加憲」に過ぎず、憲法九条一項及び二項に何らの変更も加えないかのごとき装いを凝らしている。しかし、これは安倍政権のゴマカシの手口ではないか。
 本特集は、安倍九条改憲が、@憲法の根本原理である恒久平和主義の否定(前文、九条一項及び二項の否定)になるのではないか、A戦争法(二〇一五安保法制)によって集団的自衛権の行使を認められた自衛隊を憲法上正当化することになるのではないか、B憲法に明記することで自衛隊は憲法から制約を受けなくなるのではないか、Cそのことによって本格的な戦争国家化が進むのではないかという疑問に答え、さらに、D安倍九条改憲に対抗する日本の国家像(安保外交政策)を明らかにし、E安倍九条改憲を阻止しうる国民運動をつくりあげる展望を示すことを目的としている。

 本特集は、以下の論考により成り立っている。
 右崎正博日民協理事長(獨協大学名誉教授)が本年七月八日に行われた日民協第五六回定時総会での記念講演に加筆したもの。右崎論文は、安倍政権の改憲策動について、第一次政権も含めてその策動を逐一明らかにし、緊急事態条項、参議院の「合区」解消なども含め今回の改憲案の問題点を網羅して指摘し、さらに改憲策動を支える人脈の強権・傲慢・隠蔽体質にも言及し、公権力を私物化する安倍政治を総括している。
 高見勝利(上智大学名誉教授)氏が本年七月一三日に行われた改憲問題対策法律家六団体連絡会主催シンポジウムでの講演に加筆したもの。高見論文は、今の政治状況を「憲法蹂躙の暴政」と捉え、立憲主義の見地から憲法改正という手段に訴えるべきか否かに関する基本的な判断ルールがあるのではないかと考え、五つのルールを提示し、安倍提案は単なる加憲ではなく平和憲法の性格を変えてしまうルール違反の「改正」ではないかという問題を投げかける。
 山内敏弘(一橋大学名誉教授)氏が本年八月一二日から一三日に行われた同連絡会・夏季合宿での講演に加筆したもの。山内論文は、「安倍九条改憲」について、九条二項を空文化する危険性を述べた上、現在の安保法制下での集団的自衛権だけではなくフルスペックの集団的自衛権の行使も容認されることになると指摘する。さらに、自衛隊の存在や任務を憲法で明記することは、自衛隊に憲法的公共性を付与することを意味し、軍事の論理がまかり通る社会に転換すると警鐘を鳴らす。
 浅井基文(元広島平和研究所所長)氏が同連絡会・夏季合宿での講演に加筆したもの。浅井論文は、憲法九条の本義はポツダム宣言に基づき「国家としての自衛権」を否定したことにあり、「武力によらない平和」のみが認められるとする。アメリカの戦後の対日政策の変遷によって九条「解釈」の操作が行われてきたが、二一世紀の安全保障環境は二〇世紀のそれとは異なり、九条に基づく安保外交政策こそが現実的な選択肢となると展望を示す。
 高田健(戦争させない・九条壊すな!総がかり行動実行委員会共同代表)氏が同連絡会・夏季合宿での講演に加筆したもの。高田論文は、「二〇一五年安保、総がかり行動」がつくり出した共同行動の新たな水準とその継承を指摘した上、「総がかり運動を超える総がかり」運動として「安倍九条改憲NO!全国市民アクション」を提唱し、安倍九条改憲に反対する三〇〇〇万人署名運動を呼びかけるとともに、市民連合という新しい政治勢力の動きを全国で強め、野党と共同して安倍政権を倒すことによって改憲を阻止する戦略を描く。

 本特集には、異なった切り口の珠玉の論文が集まった。その総体として、「安倍九条改憲」の全体像を明らかに出来たのではないかと思う。論考をお寄せいただいた先生方に心から感謝したい。
 この国の岐路の中で生きている私たちには、安倍改憲を阻止し、武力によらない平和をつくりあげる権利と責任があると思う。読者の皆様には、二度と戦争をしないこの国にするために、本特集を広く活用していただくよう切にお願いする次第である。


「法と民主主義」編集委員会 南 典男(弁護士)


 
時評●いま、かつての戦争から何を学ぶか

(弁護士)野間美喜子

 名古屋の東部、名東区よもぎ台に「戦争と平和の資料館ピースあいち」というささやかな資料館がある。私が館長を務めているこの資料館は、ある女性(故人)からのご寄付をもとに、多くの市民の力を集めて、2007年5月にオープンし、今年開館10周年を迎えた。

 1931年から1945年まで15年間続いたアジア・太平洋戦争が終わって70年以上の歳月が過ぎ、人々の記憶は薄れ、戦争体験者も大変少なくなった。しかし、あの戦争は、アジアで2000万人、日本で310万人の命を犠牲にした20世紀最大の出来事で、日本国民が決して忘れてはならない、いわば負の遺産であろうと思う。戦後70年以上もの間、満身創痍の平和憲法を大事に抱えて、日本が辛くも戦争に巻き込まれず、一応の平和を保ちえたのは、やはり国民の中にあの戦争体験からくる非戦のアイデンティティがあったからだと思う。

 「戦争と平和の資料館ピースあいち」は、あの戦争を忘れないように戦争資料を集め、記憶をつなぎ、それらを展示し、戦争の実体験を語り伝えてきた。後世の人たちがあの戦争を教訓にして、二度と再び戦争をしないように、平和のために行動するきっかけとなるようにと願いながら、100人近いボランティアが運営している。ボランティアの年齢は概して高いが、大学生や子育て中の若いお母さんもいる。来館者は10年間で6万人を超え、延600人が戦争体験を語り、約4万人がその体験を聞いてくれた。

 平和憲法を根底から変えようとする動きが強まり、戦争のできる国づくりが着々と進められている今日、あの戦争から学ぶことは実に多い。
 あの戦争の時代に、日本は国外で何をし、国内で何をしたか。国家は国民をどのように扱い、どのように騙し、どのように棄てたか。国民はいかに統制され、動員され、どのような目にあったか。マスメディアはいかに戦争をあおり、真実を隠し、嘘の情報をまき散らしたか。教育は子どもたちに何を教え、何を教えなかったか。学問や芸術はどれほど戦争に協力したか…。そして国民自身がどれほど無自覚に、または自覚しながら、互いに騙しあい、脅しあい、国家に盲従したか。忘れてならないことは、実に多くて重い。
 
 戦争の語り手のひとりであるSさんは、1945年8月、陸軍参謀本部直轄の極秘施設である北多摩陸軍通信所に通信兵として勤務していた。そこでは、「特殊爆弾を積んだB29がテニアン島の格納庫に収納されている」との情報を持っており、1945年8月6日の夜明け前、広島に原爆が投下される数時間前に、そのB29がテニアン島を飛び立ったという情報を得ていたという。しかし、参謀本部や政府は何らの避難措置も行動もとらず、全く警戒態勢のない広島の街に原爆は投下された。彼は、語りの最後に「今の世の中での情報というものが本当に正しいものなのかどうか、私はどうしても疑心暗鬼で信用できないんです」と嘆息する。

 2005年に琉球新報が刊行した「沖縄新聞」という新聞集がある。1944年7月7日から1945年9月7日までの新聞を「いまの情報と視点で構成した」14号の新聞集である。かつて、「書かれるべきこと」がいかに「書かれなかった」か、当時の新聞の姿が浮き彫りになってくる。   
 戦争の実体験を語れる人たちはやがていなくなるだろう。そのとき、それを語り継いでいく者がいなければならない。そうでないと70年以上にわたって受け継がれてきた非戦の国民性は途絶えてしまいそうだ。

 「ピースあいち」では、今年9月、戦争体験の「語り継ぎ手の会」を発足させる。語り継ぎの方法は、語り、朗読、歌、絵、紙芝居、演劇など表現方法に限定はない。戦争体験を次世代の平和のために伝えたいと考える人は誰でも会員になれる。それらの人たちと共に、次代の平和のために、戦争資料館の活動を続けたいと思う。
(のま みきこ)



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