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 法と民主主義2018年12月号【534号】(目次と記事)


法と民主主義2018年12月号表紙
特集★国策に加担する司法を問う──第49回司法制度研究集会より
特集にあたって………米倉洋子
◆開会の挨拶・日本国憲法から司法のあり方を考える………右崎正博
◆基調報告・国策と裁判所──行政訴訟の機能不全≠フ歴史的背景と今後の課題………岡田正則
◆問題提起・国策にお墨付きを与える司法──辺野古埋立承認取消訴訟を闘って………加藤 裕
◆問題提起・大飯原発差止訴訟から考える 司法の役割と裁判官の責任………樋口英明■質疑応答・会場発言………平岡秀夫/河合弘之/辰口 滋/古川健三/伊藤 真/花田政道/米倉 勉/北澤貞男/右崎正博/森山文昭/内藤 功/岡田正則/加藤 裕/樋口英明
◆集会のまとめと閉会の挨拶………新屋達之


 
国策に加担する司法を問う──第49回司法制度研究集会より

 ◆特集にあたって
 二〇一八年一一月一七日(土)午後、永田町の全国町村会館で、第四九回司法制度研究集会が開催された。集会のタイトルは、「国策に加担する司法を問う」。本号は、その特集である。
 ここ数年、二〇一六年一二月の厚木・辺野古の二つの最高裁判決の前後を皮切りに、国策の根幹に関わる訴訟で、司法は「辺野古唯一」と国の主張をそのまま判決理由に書き込むなど、国策に積極的に加担する判決を相次いで出している。今年の司研集会は、こうした近時の司法判断を共有し、その原因とこれへの対抗を論じ合う集会として企画された。
 テーマが情勢に合致し、またテーマにぴったりの三名の報告者を得られたこともあり、集会は多彩な法律家と市民が大勢参加して盛況となり、大変充実したものとなった。

 岡田教授は、明治以来の行政訴訟の歴史に遡って、我が国の行政訴訟の機能不全の原因を論じ、制度改革の提言と共に、日本の司法も戦争に加担した歴史を反省すべきではないかと締めくくった。
 加藤弁護士は、激動の沖縄で基地関連訴訟のまさに中心を担う立場から、沖縄の現状を報告するとともに、辺野古埋立取消訴訟における高裁と最高裁の判決の非論理性を詳細に論じ、法治主義の崩壊が沖縄から起こっていると訴えた。
 樋口元裁判所は、大飯原発差止判決を書いた立場から、判決内容そのものを明解に論じ、多くの裁判官が「頑迷な先例主義」により「規制基準の辻褄が合っているかどうか」だけを審理する傾向を批判し、自分の頭で考えることが法律学の進歩だと述べた。

 質疑応答と会場発言も様々な角度からなされた。詳しくは本文をお読みいただきたいが、中でも東京地裁での安保法制違憲訴訟における不当な訴訟指揮と裁判官の交代劇、沖縄の訴訟での判検交流の報告は生々しい。「平和」が正面から問われる訴訟では、司法は政治部門の暴走に歯止めをかけるどころか、およそ理性も論理も失っているようである。

 どうすればこうした司法の現状を変えられるのか、その改革のための制度論と運動論が今後の課題であろう。来年は「平賀書簡事件」から五〇年、そして司法制度研究集会も五〇回目である。「五〇回」に相応しい議論を今から積み上げていければと思う。


日民協事務局長 米倉洋子・弁護士


 
時評●監視国家への挑戦?イギリスにおける“リバティ”の訴訟戦略

(名大・早大名誉教授)戒能通厚

 イギリスでは、2016年6月23日、EUからの脱退の是非を問う国民投票が行われた。この国民投票の直後の6月27日、庶民院は、圧倒的多数で「調査権限法案」(Investigatory Powers Bill)(同法をIPAと略す)を可決した。IPAは、テロ防止の名目で、国民の情報監視のために制定された272条もある「大法典」である。
 IPAに対しては、撤回を求める20万もの請願がなされ、労働党は副党首のトム・ワトソンが、内務大臣を相手に法案についての司法審査を求めている。当時の内務大臣は、現在の首相、テリーザ・メイだった。ワトソンは、1934年に創立された市民的自由の擁護団体であるLibertyの支援を受け、高等法院の合議法廷である部裁判所(行政裁判所)で審理が行われた。ワトソンと同時にリバティ自体がこの法律全般に対する司法審査を求めていたが、2018年4月27日、Lord Justice Singh(控訴院裁判官)と、高等法院裁判官Mr Justice Holgateによる部裁判所の判決が出た。部裁判所は、調査権限が情報関連機関のみでなく、法執行機関や地方政府による「捜査権限」にも拡大された広範なもので、重大な犯罪に限定されていず、しかも司法手続きをへずに行政手続きで行使できるとするものであるとして、1998年の人権法に基づく欧州人権条約に対する「不一致宣言」をした。また、ヨーロッパ基本権憲章違反の関係で部裁判所は、ヨーロッパ司法裁判所(CJEU)に照会し、その判断も踏まえた判決を行っている。リバティの訴えについて、ヨーロッパ基本権違反であれば、修正にとどめず、直ちに「施行停止」の判決がなされるべきかも争われた。
 IPAは、デジタル時代に対応すべく、インターネットの接続記録の取得や、その保存を先の諸機関等に義務づけるとともに、対象を限定しない大量の通信傍受や機器干渉のバルク令状を規定するもので、「合法的ハッキング」を可能にする悪法と言われている。人権法による「不一致宣言」やCJEUの基本権憲章を根拠とする干渉によって、「違憲立法審査制」を有さないイギリスに事実上同様の効果がもたらされている。リバティの戦略は、国会の制定したIPAを先の勝訴判決を第一段として「無効化」することにあると思われるだけに、今後も憲法論議が激しくなることが予想される。
 実は、1765年のエンティック対キャリントンという記念碑的判例が、イギリス憲法の中核的な法理となっていた。この事件は、扇動的文書という理由で大臣の令状で役人から文書を押収された原告が、その令状にはこの押収の根拠となる権限が欠けていて「違法」と訴えたものであった。人民訴訟裁判所の首席裁判官、キャムデン卿は、次のように判決した。
 「人が社会に入る目的は彼のプロパティ=所有権の安全のためである。Private law=個人間の法によって所有権が奪われることはあり得るけれどもそれは彼の同意があるからである。かかる同意は、正義と一般的善のために共通の同意によって行われる。イングランド法は、そのような場合を除き、プロパティの侵害はそれがいかに些細なものであっても、トレスパス(不法侵害)とするものである」。ここから、法的権限に基づかない侵害は「違法性」があるとするコモンーの司法審査の基準が発生した。権利侵害に対しては「不服従」という原理、さらに行政庁自身による強制は許されず、「司法的強行」judicial enforcementによるべきとする法理が形成された。ロックの社会契約論が、人民に根付いているという確信がキャムデンの胸中にあったのであろう。
 今年の司法研究集会では、大飯原発の運転差止を認めた福井地裁の樋口英明元裁判官の報告があった。「自分の頭で考えずひたすら先例にしたがう。こうして個人の生命・身体・精神・生活に関する利益という本来もっとも重視されるべき要素を軽視するような態度は、裁判官のとるべきものではない」。希望を抱かせる言葉だった。
(かいのう みちあつ)



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