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はじめに
福島原発事故が発生してから丸三年が経過した。
しかし福島の復興は遅々として進まない。本年三月の福島県民対象の世論調査(朝日・福島放送)によると、福島の復興に道筋がついたかどうかについて尋ねたところ、「大いに」「ある程度」あわせた「ついた」は一七%、「あまり」「全く」をあわせた「つかない」は八二%であった。
「原発災害を絶対に繰りかえさせないために(パートX)」の本企画では、原発事故を巡る多岐にわたる問題のうち、現在の被害の状況、福島の状況に絞って特集を組んだ。被害状況のよりリアルで正確な把握こそが事故の風化を防ぎ、様々な問題を考える上で基礎に据えられるべきものと考えたからである。
原発を巡るその余の様々な問題については、この稿で若干、概括的に述べることとした。
1 福島第一原発の現状
現在なお、福島原発1?3号炉は、少しでも警戒を怠れば、再び破局的危機が訪れる可能性をはらみつつ経緯している。炉心の状況は未だに把握できないでいる。その冷却システムから取り出される「中低レベル汚染水」(一日あたり四〇〇トン)は、敷地内に次々とタンクを増設して貯留し、そのために林を切り開くなどしているが、増設可能容量は逼迫して来ていて、先行きの目途は立っていない。タンクからの汚染水の漏出も度々くり返されている。汚染水は地下水へ流入しており、観測用井戸の水から高濃度のストロンチウムなどが検出されている。また海水からは高濃度のトリチウムが検出されたり、底魚から高い放射能値が検出されるなど、海洋汚染も進んでいる。収束作業労働者の被曝防御の杜撰も度々指摘されている。福島原発の現状は、膨大な人、モノ、カネをつぎ込みつつ、「事故収束」などというにはほど遠い状況にある。
2 福島の被災者たちの状況
(1) 今なお約一四万人もの人々が避難先からの帰郷の見通しすら立っていない。現在、東日本大震災で被災した避難生活者は二七万人であるが、福島県はその半数以上を占めている。
そして、避難基準の見直し、賠償との関わり、帰還希望者の年齢構成と地域の再建の可能性、インフラ整備、帰還の権利のとらえ方、被災者間の「帰還する・しない」の対立等、様々な、そして新たな困難が立ち現れてきている。この間被害住民たちは、放射能汚染の危険と将来発症する可能性のある健康被害の不安にさらされ、家族の離散、子どもの学校の喪失、仕事の喪失・損失、ふるさと、コミュニティーの喪失、等々、人間的生活の破壊と、そのことによる精神的ダメージなど、あまりにも大きな被害を被ってきている。
(2) こうした中で、福島県の災害関連死者数は、昨年九月末日現在で福島県は一五七二人、岩手県四一七人、宮城県八七三人と格段に多い。しかも、その数は、一昨年九月末で一一二一人、昨年三月末で一三八三人、そして直近では一六七一人と、今なお大きく増え続けている。東京新聞の調査によれば、このうち原発関連死は少なくとも一〇四八人に上るという。この数字一つ見ても、原発事故被害者たちのおかれた状況の厳しさが推測できる。
3 事故原因の解明放擲と責任の曖昧化
被災者がこのように厳しい状況におかれている一方で、事故原因の究明は不十分なまま放置され、東京電力も政府も責任逃れに終始している。
一昨年七月、政府事故調、国会事故調の各報告書が出され、それに先だって東京電力の事故調、民間事故調の報告書も発表された。
事故の直接原因については、東電、民間、政府の各事故調報告は津波原因説であるが、国会事故調報告は、地震による損傷の可能性を排除していない。
事故の原因も、シビアアクシデントに至った過程も、未だ分かっていないことがたくさんある。政府事故調も、国会事故調も、事故原因等の継続調査の必要性を提言しているが、調査機関の設置、調査継続の動きは見られず、これら報告書を今後に生かす道筋は発表後一年半以上たっても全く見えていない。政府は事故原因の究明を放擲している。
また、責任について、東電事故調以外の三つの事故調報告書は、それぞれに政府と東電の双方に大きな問題があったことを認め、安全神話にとらわれていたこと、地震対策の不充分性、津波対策の不備、シビアアクシデント対策が外部事象(地震・津波等)と人為的事象(テロ等)を対象外とし、長時間の全交流電源の喪失を想定していなかったこと等の問題を指摘している。
しかし、東電も、原発を国策として推進してきた政府も、その責任を曖昧にしたままである。あれだけの未曾有の被害をもたらしながら、東電も政府も、誰一人責任を取ったものがいないというのは、異様といわなければならない。
これでは心の通った被災者支援、復興支援など望むべくもない。
4 前のめりの再稼働と原発輸出
(1) 第二次安倍内閣は、本年二月二五日、新たなエネルギー基本計画案を公表し、その中で、原発を「重要なベースロード電源」と位置づけ、停止中の原発を順次再稼働させる、更には、「確保していく原発の規模を見極める」として、新増設にまで含みを持たせている。
安倍自民党は、一昨年の総選挙の公約では「原子力に依存しなくてもよい経済・社会構造の確立を目指します」などと述べていたにもかかわらず、政権発足後は、昨年七月の新規制基準の施行により、「規制基準に適合すると認められた場合は(再稼働を)進める」とし、今や「原発ゼロを前提にするのは無理」等と居直っている。さらには、原発を成長戦略の一つとして大きく位置づけ、ベトナム、トルコ、ヨルダンなどへ原発の海外輸出を積極的に推し進めている。福島事故の収束もほど遠く、被害回復も遅々として進まない状況の中で、「福島事故を経験した日本の原発は世界一安全」など売り込むその姿勢は、倫理的にも到底許されるものではない。
こうした前のめりの原発政策の背景には、財界の強い要請と、アメリカの強い圧力がある。一昨年九月に野田内閣が「二〇三〇年代に原発稼働ゼロが可能となるよう、あらゆる政策資源を投入する」との文言を含めた「革新的エネルギー・環境戦略」の閣議決定しようとしたところ、アメリカから強い横やりが入ったために見送られた経緯は、その圧力の強さを物語っている。
(2) しかし、再稼働の論理は、「電力不足」「安い」「安全」などと、これまで原発を作ってきた論理そのままであり、これらはいずれも、既に事実をもって明確に否定されたものである。
新規性基準は、シビアアクシデント対策として必要とされる高さの防潮堤や免震棟の建設を猶予して稼働再開に道を開いている等、多くの重大な問題が指摘されている。そして何よりも、規制基準を満たした原発であっても事故が絶対に起きないなどという保証はないのである。そして、ひとたび事故が起きれば、その被害の広がりは、原発の出力や地形、風向きや強さなどによっても異なってくるのであって、これに対する有効な広域避難は困難であり、膨大な被害は避けがたい。そもそも、原発は使用済み核燃料を数万年・数十万年のレベルで管理しなければならないことを始め、人類にとっては未完成の技術である。また、その燃料の製造から放射性廃棄物の処理に至るまでのすべての過程で、それに関わる作業者らの被曝を避けられない非倫理的な技術である。一昨年、原子力基本法に「安全保障に資する」を挿入したように、核兵器保持の技術的基盤、材料の確保の為にも原発を維持しようとされており、これは自民党政権における一貫した方針でもあった。このような軍事への転用可能性の根を絶つ意味でも、脱原発こそが目指されなければならない。
5 再稼働反対の世論と運動の広がり
こうした政府の前のめりの原発推進政策に対して、原発再稼働や原発利用に対する世論は依然として厳しく、脱原発の市民運動、全国各地での脱原発訴訟、被害者訴訟なども大きく広がっている。
朝日の本年二月の世論調査(二月二二・二三日)では、安倍内閣の原発再稼働の方針を、支持三八%、支持しない五一%。共同通信の調査(本年二月二五・二六日)でも、再稼働賛成三一・六%、反対六〇・二%である。
二〇一二年三月から始まった首相官邸前抗議行動は、時に数万の人々が参加し、大きく原発再開に対する抗議の声を二年を経過した現在でも粘り強く上げつづけている。本年三月九日の日比谷野外音楽堂での三団体共催の集会も、参加者は三二〇〇〇を数え、「事故を忘れるな」と声を上げている。
脱原発訴訟は、脱原発弁護団全国連絡会の結成もあり、全国に大きく広がって、現在、提訴準備中のところを含めて三二件を数えている。詳しくは「法と民主主義」二〇一三年二・三月合併号の只野論稿および別表「全国原発訴訟一覧表」をご覧頂きたい。また、原発被害者訴訟も、全国各地で多数の損害賠償請求訴訟が提起されている。
これらの状況は「原発と人権ネットワーク」のホームページで見ることができるので、一度のぞいてみていただきたい。
6 本特集について
本特集では、冒頭に述べたように、「─三年目のフクシマは いま─」とのサブタイトルの通り、フクシマ原発事故被害者の皆さんの状況と運動を取り上げてみた。
福島の現地からの真木、本田、広田三氏の報告、そして、原発事故で生活を破壊された被害者の皆さんの声、福島を離れて避難生活を余儀なくされた皆さんの声、それを支える弁護団からの報告は、それぞれ、原発事故被害とはどのようなものであるかを改めて私たちに伝えてくれる。そして、早稲田大学のプロジェクトチームによる、浪江町の全世帯を対象に行われたアンケート調査の報告は、被災者の皆さんの苦痛と被害の実態に客観的・学術的視点から肉薄するものである。是非、お目通しをいただきたい。
なお、来る四月五・六日には、一昨年の第一回に引き続き福島大学に会場をお借りして「第二回『原発と人権』全国研究・交流集会in福島」(本誌・インフォメーション参照)を開催する。是非こちらにもご参加をいただきたい。
◆一九四九年から一九五〇年にかけて第三次の吉田茂政府と企業は日本共産党員、支持者、労組の活動家を大量に解雇し、職場から追放した。その数は推定で約四万人である。その解雇理由は「企業の破壊分子・公務を阻害する」などであった。これがレッド・パージである。これは戦後最大の人権侵害であり「異端者」の排除である。ところでこの大量解雇は連合国軍最高司令官の指示に依るものであり日本政府はその指示に従ったのみであると説明されていた。又、最高裁判所もその旨の判決を出し、現在に至るまでその判決は守られている。
◆この解雇処分に対し、多くの労働者がその無効を主張し裁判を提訴したが、地裁、高裁、最高裁で敗訴した。最高裁判決は、「日本の国家機関及び国民が連合国最高司令官の発する一切の命令指示に誠実且迅速に服従する義務を有する…従って日本の法令は右の指示に抵触する限りにおいてその適用を排除されることは言うまでもないころであるから、相手方共同通信社が連合国最高司令官の指示に従ってなした本件解雇は法律上の効力を有すものと認めなければならない」と言う。(一九五二・四)そして「右指示が講和条約発効後効力が失ったとしても何ら影響がない」と言う。(一九六〇・四 中外製薬事件)
◆そこでレッド・パージの被害者は日弁連や各地の弁護士会に人権侵害救済の申立をなし、横浜、長崎、仙台、京都などの弁護士会は国に対し、名誉回復と損害補償の勧告を行った。日弁連は「この解雇は思想・良心の自由及び結社の自由を侵害するとともに同人らの処遇上差別した重大な侵害である。この人権侵害は、当時わが国が連合国最高部司令部(GHQ)の占領政策の下にあり、GHQの指示や示唆があったとはいえ、いかなる状況下においても許されるものではない。当時から日本政府も自ら積極的にその遂行に関与し、又は支持して行われたものであり、一九五二年の平和条約が発効後は、日本政府は被害回復措置を容易に行うことができたのに今日まで放置してきた。この責任は重いとして国に対し、名誉回復や補償を含めた適切な措置を講ずるよう」勧告した(二〇〇八・一〇及び二〇一〇・八)。
この勧告に対し、国はその検討すらせず梨のつぶてであった。
◆そこで、神戸の被害者らは地裁に提訴した。この訴えは従来の主張に加えて国会は被害補償の法律をつくる義務があるところ、それを怠った重大な義務違反があり、国は賠償責任がある、と言うものである。でも、神戸地裁はそれを斥け、大阪高裁、最高裁も被害者の訴えを認めなかった。
◆では、このレッド・パージはどなるのか。今の政治情勢は新たなレッド・パージが起こされる恐れがある。秘密法(特定秘密保護法)は秘密を扱う公務員、民間の会社の社員の「適性評価」を実施しなければならないが、この「適性検査」により秘密を扱う「適性」が無いとなれば職場から追放される危険がある。それは新たなレッド・パージであり、それを許さないためにもレッド・パージの責任を追及して行かねばならない。そこで何をするのか。国(国会)に対し、被害回復の法律をつくるように働きかける運動を強め、それが実現することである。レッド・パージ反対全国連絡センターが国会請願の署名活動を続けている。大阪など各地にそのセンターがあり活動しており、これへの支持・協力が強く求められる。
大阪では昨年の五月に被害者ら一六名が大阪弁護士会にレッド・パージによる人権侵害の回復の申立をし、現在その審理中である。
(註)連合国の指示、命令でレッド・パージがなされたという、言分、判決は嘘である。それを裏付ける文書がある。(明神 勲北海道教育大学名誉教授の著作「レッド・パージを問うことの今日的意味」北海道経済3月号、「戦後史の汚点 レッド・パージ」大月書店)
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