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ひろば

第0021回 (2006/04/21)
天宮利幸氏・人権救済申立事件「決定書」そのA

そのA

 4 当委員会の判断の要点
(1) 家事調停委員の任命及び所属裁判所は、家庭裁判所の任命及び指定の上申に基づき、上申に添付された調停委員人事カードの写し等の資料及び高等裁判所長官の意見が付された場合にはその意見を参考にして、最高裁判所が決定する。
 家庭裁判所の任命上申については、山口家庭裁判所では、本庁家事部の裁判官、支 部長及び出張所裁判官が、家庭裁判所長に対し、本庁、支部又は出張所指定の調停委 員候補者を家事調停委員候補者名簿に記載して、これを提出して推薦し、家庭裁判所 は裁判官会議から委任を受けた常任委員会の議を経て、最高裁判所に任命上申するこ ととされていた。
(2) 山口家庭裁判所の平成14年4月1日付けの勤務地指定により、萩支部指定の元裁判所職員であった調停委員が本庁指定となったため、萩支部指定の調停委員は、男性の調停委員1名が半年間欠員となったが、その後山口家庭裁判所が、同年10月1日 付けの最高裁判所の任命及び所属決定により、新たに山口家庭裁判所所属の家事調停 委員として任命された6名のうち、山口地方裁判所萩支部指定の民事調停委員を兼ね る者を家裁萩支部指定としたことにより補充された。
 以上のとおり、萩支部指定の調停委員は、平成14年4月1日から同年9月30日 までの間、元家庭裁判所職員であった男性の調停委員1名の後任者が欠員となり、同 年10月1日萩支部指定の民事調停委員が、家事調停委員を兼任するものとして新任 されている。
(3) 申立人は、萩支部指定の家事調停委員に任命されることを希望していたが、平成13年度に下関支部長から山口家庭裁判所長に対し家事調停委員候補者として推薦さ れ、その際家裁事務局長に対し、履歴書を提出した。
 しかし、山口家庭裁判所は、平成14年4月1日萩支部指定の家事調停委員1名を 本庁指定しながら、平成14年4月1日付け任命上申の際には、申立人を萩支部指定 予定の調停委員候補者として任命上申せず、そのため、同支部指定の家事調停委員に 1名の欠員を生じさせ、その後の同年10月1日付け任命の際には、申立人を萩支部 指定予定の調停委員候補者として任命上申せずに、同支部指定の民事調停委員につい て、新任(兼任)の任命上申をして、その欠員を補充していることが認められる。
 申立人は、4月1日付け任命上申の際に申立人について任命上申されなかったこと 及び10月1日付け任命上申の際に申立人について任命上申がなされずに上記の民事 調停委員について任命上申がなされたことは、申立人が在職中全司法労働組合に加入 し、組合活動をしたことを理由とする差別的取り扱いであると主張している。
(4) 萩支部指定の家事調停委員に任命されることを希望し、定年退職後萩市に居住している申立人について、最終勤務庁である下関支部の支部長が家庭裁判所長に対し推薦 し、山口家庭裁判所が任命時に萩支部指定とする予定の下に、家庭裁判所常任委員会の議を経て、最高裁判所に対し任命上申し、任命時に萩支部指定とする場合において、 萩支部長が山口家庭裁判所長に対し、重ねて推薦し又は任命上申をしなければならな いかどうかの点については、前記山口家庭裁判所長通達には規定がないが、元裁判所 職員を調停委員候補者として任命上申する場合には、最終勤務庁の推薦者は、面接を するまでもなくその候補者を知悉しているので、最終勤務庁の推薦者から家庭裁判所 長に対し推薦させることには十分な合理性があり、主たる勤務地の指定は任命時に家 庭裁判所が指定するものであり、それまでは指定が予定されているにすぎないのであ るから、萩支部長がそのことを了解し、萩支部指定とする予定の下に別の候補者を推 薦していない限り、家庭裁判所長に対する推薦手続において、指定予定庁の推薦者で ある萩支部長が重ねて家庭裁判所長に対して推薦又は任命上申することを要しないと することにも十分な合理性があり、山口家庭裁判所長の当委員会に対する回答におい ても、申立人について萩支部長の推薦又は任命上申はなかったとされており、それに もかかわらず、同回答書には、申立人について家庭裁判所の最高裁判所に対する任命 上申がなされなかった理由が、萩支部長の推薦又は任命上申がなかった点にあること を窺わせる記述は一切ないのであるから、下関支部の家事調査官で定年を迎えた申立 人を、萩支部指定予定の家事調停委員候補者として、任命上申する場合には、下関支 部長から、所定の推薦が家裁所長になされれば足り、それ以上に萩支部長の推薦又は 任命上申は不要であったものと認められる。
(5) 平成14年10月1日付けの家事調停委員の任命の上申にあたり、同年7月15日山口家庭裁判所常任委員会が開催されたが、申立人については、家事調停委員候補者として常任委員会に付議されなかった。この点について、山口家庭裁判所長は、当委  員会に対し、前記のとおり、推薦者(本庁家事部の裁判官、支部長及び出張所裁判官)から家事調停委員候補者として推薦を受けた所長が、諸般の事情を考慮した上で、同候補者を常任委員会に付議するかどうかを判断しており、申立人についても、当時の所長が同様に判断したと回答し、諸般の事情を考慮するとは、各庁の事件数、調停委 員の人数、年齢・男女の構成や調停制度が司法への国民参加の制度であること、調停 委員候補者について、社会生活上の豊富な知識経験を有しているか、調停委員として ふさわしい人格、識見を備えているか等々の観点から総合的に検討、判断するという ことであるとしている。
 したがって、平成14年4月1日付けの家事調停委員の任命の上申にあたっても、 同じく、当時の家庭裁判所長が諸般の事情を考慮して、常任委員会に付議するかどう かを判断し、申立人については、家事調停委員候補者として常任委員会に付議しなか ったものと認められる。
(6) 争点に対する判断
 そこで、山口家庭裁判所長が、平成14年4月1日付け任命上申の際に、申立人に ついて家事調停委員候補者として、常任委員会に付議しなかったこと及び同年10月 1日付け任命上申の際に、申立人について家事調停委員候補者として常任委員会に付 議せず、萩支部指定の民事調停委員を兼任の家事調停委員候補者として常任委員会に 付議したことが、申立人の在職中の労働組合への加入又は労働組合活動を理由とする 差別的取り扱いであるかどうかの点について、以下検討する。
(あ) 家事調停委員は、@弁護士となる資格を有する者、家事の紛争の解決に有用な専門的知識経験を有する者、又は社会生活の上で豊富な知識経験を有する者であるこ と(規則第1条)、A人格識見が高く、原則として年齢40歳以上70歳未満の者  であること(規則第1条)、B家事調停委員の職業、専門分野等の構成が全体とし  て適正なものであること(事務総長依命通達第2の1)が必要であり、家事調停委  員候補者は、C公正を旨とする者であること、D豊富な社会常識と広い視野を有し、 柔軟な思考力と的確な判断力を有すること、E人間関係を調整できる素養があるこ  と、F誠実で協調性を有し、奉仕的精神に富むこと、G健康であること(事務総   長依命通達第3の1)、H調停に対する理解と熱意を有し、かつ現実に調停事件を  担当することができる者であること(事務総長依命令通達第3の2)が必要であり、 候補者とすべき者については、特に必要がないと認められる場合を除き、候補者と  すべき者について、裁判官が面接を行わなければならないとされている(事務総長  依命通達第2の4)。
(い) そして、山口家庭裁判所においては、調停委員候補者の推薦は、本庁家事部の裁判官、支部長及び出張所裁判官が、家庭裁判所長あてに行うこととされ、推薦者又 はその指定する裁判官は、特に必要がないと認められる場合を除き、あらかじめ面  接を行って、事務総長依命通達第3に定める選考の基準(前記C〜H)に該当する  かどうかを審査することとされているが、推薦者又はその指定する裁判官は、当然  のことながら前記@及びAの要件についても審査した上で、推薦しているものと認  められる。
(う) 申立人は、平成5年から平成13年3月定年退職するまで、下関支部の主任家裁調査官をしており、下関支部の支部長は、在職中の申立人の勤務状況等から、申立 人が家事の紛争の解決に有用な専門的知識を有し、人格識見が高く、公正を旨とし、 豊富な社会常識と広い視野を有し、柔軟な思考力と的確な判断力を有し、人間関係  を調整できる素養があり、誠実で協調性を有し、奉仕的精神に富み、健康であり、  調停に対する理解と熱意を有し、かつ、現実に調停事件を担当することができる者  であると判断し、申立人を家事調停委員候補者として、家庭裁判所長に推薦したも  のである。
(え) 山口家庭裁判所長は、前記のとおり、当委員会に対し、平成14年10月1日付けの家事調停委員の任命上申にあたり、家庭裁判所長は、本庁、支部及び出張所の 各庁の事件数、調停委員の人数、年齢・男女の構成や調停制度が司法への国民参加  の制度であること、調停委員候補者について、社会生活上の豊富な知識経験を有し  ているか、調停委員としてふさわしい人格識見を備えているか等々の観点から、総  合的に検討判断し、申立人を家事調停委員候補者として、常任委員会に付議しなか  った旨の回答をしているが、「社会生活上の豊富な知識経験を有しているか、調停  委員としてふさわしい人格識見を備えているか等」の点については、下関支部長が  審査した上で推薦しているのであるから、家庭裁判所長はそのような点が欠けてい  る疑いがあると判断したのであれば、常任委員会の議に付してその判断を仰いでい  たはずであり、家庭裁判所長の一存で、下関支部長の判断を覆して、付議しないと  いう扱いがなされていたとは考え難いところである。
(お) 本庁家事部の裁判官、支部長及び出張所裁判官等の推薦者が、原則として面接して審査した上で推薦している調停委員候補者について、司法行政権を行使する裁判 官会議の委任を受けた常任委員会の議を経て、最高裁判所に任命上申することにな  っているのに、推薦者が審査した事項について、家庭裁判所長が推薦者とは異なる  意見を有する場合には、その一存で、常任委員会の議に付さないまま、任命上申が  なされないとすれば、司法行政事務は家庭裁判所長により、専断的に行使されてい  るといわざるをえない。
 山口家庭裁判所長の前記回答は、このような運用がなされているとの趣旨ではな  く、家裁所長が考慮している諸般の事情について、当委員会に具体的に説明するに  あたって、最高裁判所に対し任命上申をする際に家庭裁判所が判断すべき事項を包  括的に記載した結果、推薦者である裁判官が審査し推薦した事項についてまで、家  庭裁判所長が判断して、常任委員会に付議するかどうかを決する運用がなされてい  るかのごとく誤解を与える説明になったものと考えられる。
(か) 推薦者である裁判官から家事調停委員候補者として推薦された者について、家庭裁判所長が、常任委員会に付議するかどうかを決するにあたって考慮していた事項 は、推薦者である裁判官が審査することが必ずしも合理的とは言えないため、推薦  にあたり審査することとされていない前記Bの事項(家事調停委員の職業、専門分  野等の構成が全体として適正なものであること(事務総長依命通達第2の1))で  あったものと考えられ、家裁所長は、各庁の事件数、調停委員の人数、年齢・男女  の構成、調停制度が司法への国民参加の制度であること等の諸点を考慮し、推薦の  あった調停委員候補者が調停委員に任命されることによって、家事調停委員の職業、 専門分野等の構成が全体として適正なものとなるかどうかの点について判断し、常  任委員会に付議するかどうかを決していたものと認められる。
(き) すると、山口家庭裁判所長が、平成14年4月1日及び同年10月1日付け任命上申の際に、前記Bの事項(家事調停委員の職業、専門分野等の構成が全体として 適正なものであること(事務総長依命通達第2の1))の点を考慮して、申立人を  調停委員候補者として常任委員会に付議しなかったものといえるかどうかが争点と  なるのであり、以下この点について検討する。
 @ 平成14年4月1日付けで、萩支部指定の元家庭裁判所職員であった男性の家事調停委員が本庁指定となり、後任の萩支部指定の調停委員が任命されないまま半年間欠員を生じたが、同年10月1日付けで、萩支部指定の土地家屋調査士である民事調停 委員が、萩支部指定の家事調停委員として新任され、民事調停委員と家事調停委員を 兼任するようになった。
 A 平成14年10月1日付け任命上申の際には、土地家屋調査士である民事調停委員が家事調停委員に任命されているので、萩支部の事件数、調停委員の人数、男女の構成を考慮して、萩支部指定の男性の家事調停委員が8名となるような選任がなされたと認められ、申立人が家事調停委員候補者として付議されずに、土地家屋調査士である民事調停委員が家事調停委員に任命された理由は、萩支部指定の元家庭裁判所職員であった家事調停委員の後任としては職業、専門分野等の構成又は調停制度が司法への国民参加の制度であること等を考慮したため、元家裁調査官である申立人ではなく、土地家屋調査士である民事調停委員が家事調停委員に任命されたと一応考えることができる。
 B 平成14年4月1日付けの任命上申の際には、他に萩支部指定の家事調停委員候補者は推薦されておらず、申立人を任命しなければ、1名の欠員を生ずることになるが、山口家庭裁判所の回答では、「調停委員の各庁別の定数は一応の目安としてのものであり、定員とは異なり現在員が定数に満たない場合に必ず補充を要するものではない」とされている。しかし、上記のとおり、10月1目付けで1名の補充がなされているのであるから、欠員を生じていたため補充の必要性があったことは否定し難いところである。そうすると当時満61歳で調停委員としては若すぎもせず、さして高齢とも いえない申立人を調停委員として任命上申しなかった理由は、申立人を家事調停委員 として任命すると、元家庭裁判所職員である調停委員が全体として多くなりすぎ、司 法への国民参加の機会を奪い、職業、専門分野等の構成が全体として適正を欠くこと になると判断されたということになるので、敢えて欠員を生じさせてまで、そのよう にしなければならない程度までに構成上の偏りがあったかどうかということが問題と なる。
 しかし、山口家庭裁判所長のこのような判断の適否について、家庭裁判所長の裁量 の範囲が広汎に及ぶことをも考慮すれば、外部の当委員会において審査することには 困難があり、そのような判断の基礎となる事実が一見して明白に存在しないとまで認 定しうるだけの資料はなかった。
 したがって、家庭裁判所長において平成14年4月1日付け任命上申の際に申立人  が在職中全司法労働組合に所属し、積極的に組合活動をしたことを理由として、申立 人を萩支部指定の家事調停委員候補者として、常任委員会に付議せず、その結果、最 高裁への任命上申手続きを拒否したとまで認定することはできなかった。
 C 申立人は、山口家庭裁判所長に対し、上記任命手続拒否の理由の説明を求めたところ、平成14年7月16日になされた家庭裁判所長の回答は「付議しなかった理由を被推薦者にいちいち説明すべき筋合いのものではない」というもので説明の拒否であ ったというが、調停委員候補者として常任委員会に付議することにつき家裁所長の裁 量の範囲が広汎に及ぶこと、人事の理由につき説明義務の存在まで認定する根拠のな いことを考慮すれば、当不当の点はともかく、この点をもって、人権侵害とまで断定 することはできない。
(7) 結論
当委員会に可能な調査の結果では、申立人が主張する家庭裁判所長に裁量権の濫用 又は逸脱があり、申立にかかる人権侵害があったとする評決は3分の2を超えなかっ た。

5 当委員会は人権擁護規則16条5号により侵害を予防するための措置として以下の要望をする。
(1) 家事調停委員の任命は、司法に対する国民の信頼を込めて最高裁判所に付託されたものであるが、家庭裁判所の任命上申は、その任命権が適切に行使されるために必要 不可欠な制度であり、家庭裁判所の家事調停委員候補者の選考が適正になされないとすれば、それは任命権者である最高裁判所、ひいては司法に対する国民の信頼を大きく損なうことになってしまうことは、いまさらいうまでもないことである。
(2) 本件において、山口家庭裁判所長は、山口家庭裁判所下関支部長から家事調停委員候補者として推薦された申立人について、各庁の事件数、調停委員の人数、年齢・男 女の構成や調停制度が司法の国民参加の制度であること等を総合的に検討、判断し、申立人を家事調停委員候補者として常任委員会に付議しなかったとしている。
もし、家庭裁判所長が、前記の諸般の事情を考慮し、申立人を家事調停委員候補者 として常任委員会に付議しなかった結果、常任委員会がその所長の判断の適否につい て審査する機会を失うとすれば、任命上申の際に家庭裁判所長の専断を許す余地があ り、最高裁判所の任命権行使の適正は、家庭裁判所裁判官会議によって制度的に担保 されていないといわなければならない。
(3) その後、山口家庭裁判所長通達は変更され、平成14年8月1日からは、山口家裁総第357号家裁所長通達により、家事調停委員候補者の選考は選考委員会によってなされており、選考委員会における選考の結果、調停委員候補者として不適任と判断 された自薦、他薦の者に対しては、同委員会がその旨を速やかに通知することとされ ている。
(4) しかしながら、現在の制度においても、「候補者として任命上申しない」という判断の適正の担保は必ずしも十分ではない。最終的な候補者任命上申の決定権者であ る常任委員会(裁判官会議)のチェックを経る機会を確保することが肝要である。即 ち、@選考委員会の決定・通知から常任委員会に付議するまで一定の期間を確保し、 A通知を受けた候補者からの申出にしたがい、任命上申しないと判断された者につい ても、その理由を常任委員会(裁判官会議)に付議するなど、更に適正の確保に向け た制度の改善・工夫の余地があると考えられ、当会及び当委員会としては更なる改善 を要望するところである。

6 結論
 当委員会に可能な調査の結果では、申立人が主張する人権侵害はないものとして主文のとおり決定するとともに、上記要望をする。   

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