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異論・反論/北朝鮮の問題を私たちはどう考え、何をすべきなのか!

第0001回 (2005/11/16)
北朝鮮問題と日民協のとるべき立場(木村晋介)

 第四三回定時総会議案書が掲載されている「法と民主主義」第三九二号別冊の二〇〇三年度の活動報告の中に、北朝鮮問題を扱った記述があった。報告は昨年の報告をほとんどなぞったものであったが、今年度には五人の拉致被害者を日本に残したまま、その家族の帰国が実現するという大変重要な成果があった。これについては赤旗を含め、どのジャーナリズムも好意的に評価しており、これが本年度最大のニュースの一つに入ることは誰も否定しないところであろう。それにもかかわらず、報告がこの点に一切ふれず、昨年度の報告をなぞっただけのものにとどまった点が私には不思議でならず、総会で意見を述べたが、総会の報告を載せたニュースの中では完全に黙殺されてしまったので、改めて意見を述べたい。
 報告には「北朝鮮側が公式に認めた拉致に対する日本側の対応が、せっかく開きかけた交渉の門戸を閉じてしまった」という昨年の文章がそのまま使われてる。昨年、この文章を読んだ私は、本協会は「五人を帰すという約束を日本側が守らず、永久帰国としたために残された家族の帰国が困難になった。それは日本政府の失政である」という立場に立っているという意味に理解した。
 しかしながら、少なくとも拉致が人権と日本の国家主権を侵害する国家犯罪であることは、協会も認める立場にある。しかも、五人の拉致被害者が先行帰国した後、その被害者の意思を確認したうえ、彼らの北への再送を断固拒否したことが立派に一〇人の家族の帰国に結実した。こうした新たな展開の中でなぜ、なお上記のような昨年どおりの報告文章が残存されるのか、私には全く理解ができなかった。
 また、日朝間の交渉が進まない責任を日本に負わせることにも無理がある点についても総会において発言した。この点について会場では、日本には北との約束を守るべき義務があり、そうしていれば一〇人の家族はより早く帰国できたはず、との発言がなされた。しかし、拉致した犯罪国が拉致した人間を自国に戻せという請求が国際的にみて合法的な主張とは私には到底思えないが、いかがであろうか。
 報告の一二頁上段には拉致被害報道のあり方に関する批判として「一方向のみの大量報道」「批判を欠いた一方的な報道の垂れ流し」があり、これは戦時中の大本営発表と同じだとの記述があった。
 事実この間、拉致問題を契機として北朝鮮内の人権問題、難民の救出をめぐる問題等が大きく報道され、国民と国際社会の強い関心を集めた。北朝鮮の反人権的国家政策については国連人権委員会が二〇〇三年の四月に続き二〇〇四年四月にも北朝鮮に対し改善を求める強い勧告を行っている。これは北朝鮮が二〇〇三年の勧告に対し、何の改善も行わなかったからであり、しかも二〇〇四年には、人権委員会より上位の経済社会理事会が北朝鮮内の人権状況について調査する特別報告官を指名し、事務総長が報告官の任務遂行のために必要なあらゆる支援を与えるとの決議が採択され、タイの著名な人権法学者ムンタボム氏が特別報道官に任命され、すでに活動を開始しているという重大な変化がある。おそらく次には、安全保障理事会の議題となる可能性があろう。
 北朝鮮内の政治犯強制収容所を利用した非人道的な政策については、最近では極めて緻密な考証を経た書籍の出版が相次いでいる。例を挙げれば、「拉致・国家・人権(中野徹三・藤井一行編著・大村書店)」「北朝鮮・隠された収容所(デビット・ホーク著・草思社)」「北朝鮮の人権(ミネソタ弁護士会人権委・アジアウオッチ編・連合出版)」等がそれである。またこれらの詳細な報告をもとにした報道も大いに新聞・テレビを賑わした。
 これらによれば、一〇万から二〇万の人々が、全く裁判も行われないまま強制収容所に収容され、極寒の地で、わずかな食糧しか渡されないまま、朝の五時から深夜まで重労働を強いられている事実、かなりの人々が政府を批判したとみなされる発言をしたことを理由として、また少なからぬ人々が精神を犯されたための発言を理由として公開処刑され、多くの人々が食糧不足のために餓死し、妊婦は強制的に堕胎され、産まれた子どもはその場で絞殺されている事実が示されている。またその人々の多くは北朝鮮政府から敵対階層として指定されている人々、即ち、@六〇年代以降、日本から帰国した日系朝鮮人、A解放前に教育を受けたインテリゲンツィア、Bキリスト教信者、C仏教信者、D儒教信者、E労働党からの除名者、F囚人の家族、G政治犯の家族、など三〇のグループに属する人々であるという事実が詳細に掲げられている。このような人々を強制収容し、このような過酷で残虐な取り扱いをしている国家は、今日では北朝鮮しかないといえよう。
 拉致事件はこのような大きな裾野を持つ北朝鮮国家全体にわたる反人権的政策の氷山の一角に過ぎまない。また、このような反人権的政策が北朝鮮の危険な指導者神格化、先軍政治の基本に据えられていることから報道機関は目を離すべきではないと考える。
 しかし、協会の報告によれば、「報道が作り出した北朝鮮への悪感情、北朝鮮への漠然たる恐怖感が、有事立法反対運動へ一定の影響があったと言わざるを得ない。この世論操作の効果は、憲法「改正」の世論作りにも効果を及ぼしつつある。アジアにおける平和のためには、不信と憎悪ではなく、友好と連帯の感情を醸成する努力が必要であり、自覚的に追求されなければならない」とする。衝撃的な事実が事実として存在し、それが報道されれば、当然その報道は世論に一定の影響を与える。アメリカの戦争行動により、罪のない人々が犠牲となっていることが報じられれば、これもまた世論に大きな影響を与えるのと同じことである。
 しかし、自分の団体が目指している方針に対して悪影響があるから、事実を事実として報道することが「ジャーナリズムの健全なあり方ではない」というようなご都合主義的な主張が人権団体の主張として、真に国民の支持を受けることができるとは到底思われない。このような論述は、協会理事会が、「ジャーナリズムは北朝鮮の中で、またはその周辺である中国国内で、どのような反人権的な行為が行われていようと、日本のジャーナリズムは有事法制や憲法改正への世論に悪影響を与えないように見て見ぬふりをするべきだ、あるいは報道するにしてもベタ記事にしてあまり目立たないようにするべきだ」と考えているかのような誤解を与えるおそれすらある。
 私は、日本の法律家人権団体がおしなべて北朝鮮のひきおこしている人権問題についてあまりに口数が少ないことの方を憂う。むしろ、日本の法律家人権団体が真正面から北朝鮮や中国国内で行われている収容者や難民に対する反人権的な国家政策を堂々と批判し、平和的な手段、即ち国際的世論の批判で包み込み、それらの国にその改善を求めていくことこそ、報告自体がいう「民族間の不信と憎悪を排除し、友好と連帯を醸成していく」最善の方法と思うが、いかがであろうか。

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