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心で飽食 〈デブの悲しみ2〉

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8月15日終戦の日。東京新聞の記憶―20代記者が受け継ぐ戦争「生きてくれていさえいれば」に胸が詰る。出産間際の20代の女性記者が中国で弟と生き別れた北海道に住む68歳の女性を取材する。「かあたん、かあたん」と泣き叫ぶ弟の声。泣き崩れる母。直後から母は精神を病み赤ちゃんの泣き声を聞くと人が変わって「クニちゃんだ」と言い張るようになったという。6年前、旧満州を訪ねることになったその女性に80代半ばになった母は強く言う。「絶対に捜さないで。ご夫婦との約束だから。きっと幸せに暮らしているんだろうから」。東京新聞は今一番好きな新聞である。

 胸が詰ったのに私のお腹は減る。いつもひいきの北海道お昼のバイキングに行ってしまう。さすがに人は少ないが、いつもの食べ物たちが「久しぶりね」と勢揃いである。「ごめんごめん」このところご無沙汰だったものといそいそする私なのである。もうぱくぱく状態で一渡りご挨拶である。バイキングはほんとうにこわい。あれもちょっとこれもちょっとと際限なく食べ始めるのである。最後にご飯と味噌汁、漬物でしめる。デザートは4種類のゼリー、もちろん早めに確保。

 「北海道に行こう」と言うとみんなギョッとするが美味いのよ。なんて言うかお惣菜にちょっと毛が生えたような安心できる食べ物たちなのである。筑前煮といかと大根の煮物その脇にあじのフライ、卵焼きは絶対にはずさない。うどんもある。今日はブロコリーのゆで方が良く5個もいただく。あれもこれもやめられない。食い散らかした状態から見て900円じゃ悪いかも知れない。

 そして「苦しい、夕食は食べないぞ」と店をでる。「1日1回、コーリャンのおかゆとカボチャだけの食事。栄養不足でクニちゃんは1歳過ぎても、歯がほとんど生えなかった」私にはきっとばちがあたる。戦後60年、腑抜けた飽食がわが姿である。