日民協事務局通信KAZE 2012年5月

 速記録のない裁判員裁判


 裁判員制度が実施されて三年が経過する。国民の司法参加と司法の民主化実現の上で、改善しなければならない課題は多い。その一つに、公正な裁判の基礎資料である客観的な供述記録の課題がある。
 最高裁は、裁判員が公判調書を全て読み込むことは大変な負担だから「見て、聞いて、感じて」裁判をすればよいという。DVDでの確認は非効率的であり、音声認識システムは誤変換が多く信頼性が低い。現状では、公判廷での供述内容について、裁判員自身のメモと記憶で判断することが求められているといえる。いうまでもなく、人間の記憶は曖昧なものとなることがある。見て、聞いたことの全てを正確に記憶することはできない。
 裁判員経験者に直接話しを聞く機会(速記官制度を守る会第一五回総会)があった。裁判員には、何もせずに待たされる時間があるという。公判廷での供述記録があるなら、ぜひそうした時間に読みたかったという。また公判前整理手続きの詳しい内容を知りたいという。裁判員は、全ての記録をみることができることを望んでいる。裁判員に選ばれた以上、きちんと資料を見て、確信を持って判断したい、しっかりと役割を果たしたいという。
 裁判員は、むしろ、裁判資料の十分な提示を求めている。公判廷の速記録もなく、判断資料が不十分なままで、誤判のおそれはないのか。裁判員を軽視しているのではないか。懸念は尽きない。

 司法のIT化が進むアメリカの連邦裁判所やいくつかの州裁判所で、録音・録画から速記者による記録作成に復帰していること、この一〇年程の間で速記者が倍増し、将来性の高い職業とされているとの報告(スタンフォード大学井上美弥子准教授・二〇一一年一二月講演)は、注目に値する。

 四月二六日から二九日まで、日民協の「韓国司法制度調査の旅」に参加した。調査結果については、別途詳細な報告が予定されている。今回、強く感銘を覚えたのは、韓国の憲法裁判所で機械速記システムが採用され速記官が立ち会っていることだ。記録作成に対する姿勢の違いは明らかである。

 いま、日本の速記官は、公務で使用する電子速記タイプを私費で購入せざるをえない。電子速記タイプの購入は速記官の負担としながら、作成された速記録は裁判所の記録となる。こうした実態を放置する最高裁に対し、今年三月の参議院法務委員会で質疑があった。これも速記官一人ひとりの切実な訴えが、国会議員の気持ちを動かしたといえる。このような力を確信にして、より大きな動きを作っていきたい。

(裁判所速記官制度を守り、司法の充実・強化を求める会副会長 奥田 正)


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