日民協事務局通信KAZE 2014年1月

 「経産省前テントひろば」訴訟に見る言論弾圧


 秘密保護法制定など、市民の知る権利や表現の自由が危機に直面している中にあって、政府による民事裁判の提起による言論弾圧が行われている。
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 東日本大震災・福島原発事故から三年を迎えようとしているが、原発事故は終息の見通しが立たないどころか、安倍政権は、経済界の意を受けて、原発政策を推持しつづけようとしている。
 こうした原発事故をめぐる政治・社会状況の中にあって、一つの裁判が進行中である。「経産省前テントひろば」立退き・損害賠償請求訴訟だ。
 原発事故から半年後の二〇一一年九月一一日、福島から避難してきた女性たちが中心となり、原発政策を推進した経済産業省の北側角の敷地内に、原発再稼働に反対する意思表示を目的としてテントを設営した。その後、多くの賛同者たちがこのテントに寝泊まりをはじめ、反(脱)原発集会を定期的に開催するなどの意見表明を行い、いつしか、この地は「経産省前テントひろば」と呼ばれ、反原発・脱原発の立場の人々の交流、行動の場になっている。
 テントの場所は、経産省の北側の経産省の敷地ではあるが、経産省ビル前庭との間には柵を挟んでベンチ本石が置かれ、歩道に接続しており、筆者の見る限り「公開空地」と思われる。
 二〇一二年三月、この「テントひろば」の市民たちに対し、茂木敏充・経産大臣は、テントの撤去と「テントひろば」の明渡しを求めるとともに、これまでの土地使用料として約一一四〇万円の損害賠償を求める訴えを、東京地裁に起こした。
 この裁判の最大の問題点は、経産省の提訴が、いわゆるスラップ訴訟であると考えられる点にある。スラップ訴訟とは、一九八〇年代にアメリカで誕生した訴訟概念である。英語では“Strategic Lawsuit Against Public Participation(SLAPP)”といい、日本語に置き換えると「公的意見表明の妨害を狙って提訴された民事訴訟」といえよう。
 アメリカでは、市民運動が盛んになった一九七〇年代から八〇年代にかけ、企業批判や公害反対運動など、公的に意見表明を行った市民や市民団体に対し、企業や団体が、名誉毀損や業務妨害を理由に、民事損害賠償を請求する訴訟が頻繁に提起されるようになった。
 アメリカでは、スラップ訴訟は、巨額の損害賠償を請求することにより相手方に意見表明活動に「おどし」をかけ、言論を封じ込めようとする「恫喝訴訟」と考えられ、憲法上保障される表現の自由を侵害するものと考えられるようになった。そして、二〇一〇年までには、半数を超える州でスラップ訴訟防止法が制定され、スラップ訴訟が違法なものとされている。
 日本でも、これまで、企業などによるジャーナリストに対する「恫喝訴訟」が問題となり、反スラップ訴訟の運動が展開されてきている。
 この「テントひろば」裁判は、スラップ訴訟であることは明らかである。
 「テントひろば」は、公開空地として経産省が一般市民に提供した空間であり、その目的も特定されていない。経産省はその土地から何らの収益をあげているものでもなく、またテントが設置されたからといって公共の利益を大きく損なうものでもない。
 また、経産省は、土地明渡しの他に、高額な損害賠償を請求しているが、多額の損害賠償をかけることにより、市民に言論活動を躊躇させる効果(萎縮的効果)を期待し、言論を封じ込めようとする意図を読み取ることができる。経産省の目的は、もっぱら脱原発・反原発運動に対する言論弾圧にある。
 またこの訴訟は、「政府による市民に対するスラップ訴訟」である点に大きな特徴がある。そうであるが故に、直接的に憲法の表現の自由を侵害するものである。その背後には、経済界の要請に沿った政府の原発事故に対する責任の回避と、さらなる原発推進政策があることは言うまでもない。

(編集委員・内藤光博)


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