国民投票法(改憲手続法)の強行採決に抗議し同法案の廃案を求める声明
1 自民、公明両党は、4月12日に衆議院憲法調査特別委員会で、翌13日には衆議院本会議で、国民投票法案(以下、その内容に即して「改憲手続法案」とよぶ)の採決を強行した。日本民主法律家協会はこの両党の暴挙に抗議すると共に、参議院が良識の府にふさわしく同法案の問題点を十分明らかにし、同法案を廃案にするよう強く求めるものである。
2 そもそも、今日の時点でこうした改憲のための手続法を制定しようとすること自体が極めて大きな問題である。
すなわち、この改憲手続法の成立を強行することによって目指されているのが、憲法9条、特にその2項を削除あるいは改変して日本を「戦争をする国」にすることであることは、その改憲議論の内容、現に進行しているイラク戦争、および米軍の地球規模の再編に合わせた自衛隊および在日米軍基地の再編等の現実からも明らかである。
この点について、与党および推進派からは、「手続法だからその制定自体には問題がない」とか、「憲法96条で国民投票が定められているのにその制度が整えられていないのは『立法不作為』だ」等と言った議論がなされる。しかし、「立法不作為論」とは、立法上の不備により実際に人権侵害が生じている場合に、その状態を裁判で救済する場合の理論であって、国会に改憲が発議されているわけでもなく、国民投票の必要も生じていないときに「立法不作為」等の論は、全く成り立つものではないし、今日に至るまで改憲手続法が作られてこなかったのはの改憲の現実的状況がなく手続法が要らなかっただけのことである。
改憲論者たちは、まさに自分たちの上記のような改憲の実現という具体的目標のためにこの改憲手続き法を制定しようとしているのであり、かつ、その制定によって改憲発議の雰囲気を人為的に作り出そうとしているのである。今回のこの改憲手続法案の強行採決が、憲法9条2項削除を中心とする憲法改悪のためにその「外堀」を埋めようとするものであることは明らかであり、「手続法だから良いではないか」等といった論は、この改憲手続法制定が政治的に持つ意味を隠蔽しようとするものである。
3 また、仮に上記の点を置くとしても、この改憲手続法案の内容には極めて大きな問題があり、その意味でも成立をなんとしても阻止しなければならないものである。すなわち、憲法改正手続における国民投票は国民が国の根本規程を制定するという主権者たる権利を行使する究極の場面といえるのであるから、その権利が十分に公正に発揮されるためには、@国民が十分で公平な情報提供を受けること、A十分で自由な意見交換ができること、すなわち言論、運動の自由の保証、B検討のための時間が充分保証されること、C投票結果に国民の意見が公正に反映されること、が不可欠の要件である。しかし、この改憲手続法案は、この全ての要件に於いてきわめて重要な問題点がある。
4 @の、国民が十分で公平な情報提供を受けること、との関係では広報協議会の構成の問題などもあるが、特に重要なことは、与党の改憲手続法案が、投票二週間前まで、有料広告を野放しにしていることである。
2005年9月総選挙時の各政党のテレビCMの費用会計は約2週間で30〜40億円と推定されているが、これが国民投票となれば、その発議から投票までの期間などから見て、最低でも数百億円、場合によっては1000億円を越える規模のテレビ、ラジオ等のCMが流される可能性があり、メディア側もこのビジネスチャンスに乗ることが考えられる。そうなれば、改憲を推し進めようとしている財界に後押しをされて資金力のある改憲派に圧倒的に有利である。改憲派はスポット広告等で世論誘導しようとするであろうし、改憲・護憲双方のCM量に大きな差がついたときには、マインドコントロールの作用が働く危険が大きいといわなければならない。イタリアは過去の経験に踏まえて全国放送における有料広告を全面禁止としており、我が国の憲法改正国民投票においても有料広告は全面禁止とすべきである。そうでなければ国民に対する公平な情報提供は保障されない。
5 Aの、十分で自由な意見交換の保証、すなわち言論、運動の自由の保証の点で特に問題なのは、公務員・教師に対する運動規制である。
改憲手続法案は、公務員・教育者の運動を規制し、公務員・教育者は、影響力(教育者にあっては、学校の児童、生徒および学生にたいする影響力)または便益を利用し、国民投票運動(憲法改正案に対し賛成又は反対の投票をし又はしないよう勧誘する行為)をすることができない、としているが、これはきわめて曖昧な規定であり、実際には改憲について話すこと、行動することのすべてが「運動」とみなされかねず、濫用される危険が強い。当初予定されていた刑罰規定は削除されたものの行政処分の対象になるので、充分な「萎縮」効果をもつ。更に与党案は、一旦は民主党との間で適用しないと合意していた国家公務員法、地方公務員法の適用を復活させようとしている。これは、国家公務員、地方公務員がその私的時間においてビラを配布する等の行為をも刑罰をもって禁止しようとするものである。
こうした禁止規定の対象者は約500万人にものぼると観られており、この意見交換、すなわち言論、運動の自由に対する制約は原理的にも具体的影響の点でもきわめて重大な問題である。
6 Bの、検討のための時間が充分保証の点では、法案は、国会の発議から国民投票までの期間は60日以後180日以内としており、これは、ことの重要性を考えれば、改憲案の内容を周知徹底し、熟慮検討し、そのための運動を展開する期間としてはあまりにも短い。
国民自らが様々な運動を行うことも想定されるべきであり、ビラやパンフレットを作り、配る、大小の集会を持つなどの充分な活動保障、討議時間の保障が不可欠であるし、冷静な判断のための冷却期間の保証も必要である。日本弁護士連合会の意見書は最低でも1年間としているが、最低でも1年ないし2年程度の期間が必要である。
7 Cの、国民の意見の公正な反映の点については、投票を「内容において関連する議案ごとに区分して行う」との規定が、実質的に一括投票になる危険をはらんでいることも問題である。しかし何よりも問題なのは、法案が最低投票率(一定の投票数が無い限り国民投票自体が成立しないとする)や、「絶対得票率」(全有権者比で改憲に必要とされる得票率) の定めも規定せずに、しかも賛成票と反対票の合計の2分の1を越える賛成があれば憲法改正の承認がといった、改憲派にとってきわめて低いハードル設定がなされている点である。
改憲手続法案は、賛成票と反対票の合計を「投票総数」と称しているが、これは従前自らが表記していた「有効投票総数」でしかなく、それを「投票総数」などと言い換えるのは欺瞞としかいいようがない。こうして同法案は、どんなに低い投票率であろうとも、僅かな「賛成投票」で改憲の承認があったことにしようとしているのである。
しかし、これは、基本的人権、国民主権、平和主義といった基本的価値を護るために日本国憲法が定めた硬性憲法の規定を無にするものであり、しかも、その発議が小選挙区制の下で民意がきわめて歪めた形でしか議席に反映していない国会によってなされることを考えればなおさら容認し難い。憲法改正国民投票の重要性を考えれば、そして、硬性憲法の規定の趣旨を考えれば、「最低投票率制度」あるいは「絶対得票率制度」を導入すべきであり、少なくとも「投票総数の過半数」、「最低投票率」は有権者の3分の2以上に(即ち有権者の3分の1以上の賛成がなければ改憲が成立しない)との日弁連意見書の案は十分に検討されなければならないものである。
8 以上述べたとおり、改憲手続き法案にはきわめて重大な問題がある。こうした国のあり方の根本に関わるような重要問題は、何よりもその制定の要否も含めて十分に議論が尽くされるべきは当然であって、「今国会で成立」を前提に強行裁決する必要はどこにもない。
我々日本民主法律家協会は、改憲手続法案の制定に強く反対するとともに、参議院がその審議においてその問題点を十分明らかにし、同法案を廃案にするよう求めるものである。
2007年4月17日
日本民主法律家協会
理事長 中田直人
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