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国民の知る権利・メディアの表現の自由などを侵害する秘密保全法の制定に反対する

2012年3月22日
日本民主法律家協会執行部
理事長  渡辺 治

はじめに
 民主党政権は、2010年の尖閣諸島沖事件の際の映像流出問題を一つの理由にして、秘密保全のための法制に関する検討を行ってきた。そして、2011年8月、政府の「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」(以下、「有識者会議」と表記)は、「秘密保全のための法制の在り方について」と題する報告書を提出した。
 この報告書では、@国の安全、A外交、B公共の安全及び秩序の維持の3分野を対象に、国の存立にとって特に秘匿を要する秘密を「特別秘密」に指定し、この故意の漏えい行為、過失の漏えい行為、特定取得行為、未遂行為、共謀行為、独立教唆行為及び煽動行為をそれぞれ処罰するものとし、法定刑として5年以下又は10年以下の懲役刑を提案している。
 また、従来にはない提案として、秘密情報を取り扱わせようとする者についての適性評価制度の導入が検討されている。この評価の対象は秘密の作成・取得・伝達者のみならず配偶者も検討されており、評価の観点は@我が国の不利益となる行動をしないこと、A外国情報機関等の情報収集活動に取り込まれる弱点がないこと、B自己管理能力があること又は自己を統制できない状態に陥らないこと、Cルールを遵守する意思及び能力があること、D情報を保全する意思及び能力があることとし、調査事項も@人定事項(氏名、生年月日、住所歴、帰化情報を含む国籍、本籍、親族等)、A学歴・職歴、B我が国の利益を害する活動(暴力的な政府転覆活動、外国情報機関による情報収集活動、テロリズム等)への関与、C外国への渡航歴、D犯罪歴、E懲戒処分歴、F信用状態、G薬物・アルコールへの影響、H精神の問題に係る通院歴、I秘密情報の取扱いに係る非違歴と広範なものである。
 民主党政権はこの報告書を受け、今後国会に法案を提出する予定であるが、以下に指摘するとおり、この法案はあまりに問題が大きい。

1 そもそも立法事実がない
 有識者会議は尖閣諸島沖事件の際の映像流出問題をきっかけに設置されたが、この映像が「国家秘密」といえるようなものではない。映像を流出させた海上保安官は国家公務員法違反として立件されたが、起訴猶予となって罰せられていない。処罰すべくして処罰規定がなかったということではなく、罰するに法定刑が低きに過ぎたということでもない。尖閣諸島沖事件の際の映像流出問題は秘密保全法制定の口実にされただけで、法制定の理由にはならない。
 また、国家公務員法や自衛隊法、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法など現行法によって、既に秘密保護法制は整備されている。有識者会議の報告書は現行法制の不十分さを立証するものではない。
 以上の点から、このような秘密保護法を新たに制定する立法事実はないといえる。

2 国民から国家などの情報を覆い隠す秘密の拡大
 1980年代の国家秘密法案が対象にした秘密は防衛と外交に関するものであったが、今回の秘密保全法案が対象にするものには、「公共の安全と秩序の維持」が入っている。この表現は非常に抽象的であり、そのため福島原発事故後のSPEEDI情報やTPPの交渉に関する情報など何でも秘密事項になりうる。
 また、秘密の指定は秘密の作成・取得主体、すなわち、国の行政機関、独立行政法人等、地方公共団体、行政機関等から事業委託を受けた民間事業者・大学も行うとなれば、この点でも秘密の範囲が歯止めなく拡大する可能性がある。
 民主主義国家において国民が意思決定を行う際に、正確な情報は不可欠なものであるが、秘密保全法案は情報公開の流れに反して国民から国家などの情報を覆い隠す危険性がある。

3 国民を萎縮させる処罰対象の拡大と厳罰化
 秘密保全法案が秘密の作成・取得主体を国や自治体に限定せず、行政機関等から事業委託を受けた民間事業者・大学にまで拡大していることは、処罰対象が公務員に限らず、広く民間人にも及ぶことを意味する。また、特定取得行為や独立教唆行為及び煽動行為も処罰の対象にするということは、国民の知る権利に応えて取材・報道活動に従事する報道関係者の活動も処罰される可能性がある。
 さらに、従来の秘密保護法制・規定における最高刑は、国家公務員法では懲役1年、自衛隊法では懲役5年であるところ、秘密保全法案では懲役10年が検討されている。
 このような法律は、実際に適用なくても、その存在自体が国民の表現活動に対して大きな萎縮効果を持つことになろう。

4 さまざまな国民の権利侵害
 このような法の制定による国民の権利への広範な影響は必至である。まず、報道関係者を筆頭に広く国民の取材・報道など表現の自由と、これに対応する国民の知る権利が制約される。第二、第三の「西山記者事件(外務省機密漏洩事件)」も発生しかねない。
 また、適性評価制度の導入によって、関係者のプライバシー権や思想・良心の自由が侵害され、場合によっては大学等の学問の自由も侵害される可能性がある。
 さらに、規定の仕方によっては、秘密保全法違反で起訴された者の「公開の法廷で裁判を受ける権利」や弁護を受ける権利が侵害されることもありうる。
 ところで、民主党政権はマイナンバー法案を今国会に提出したが、今、民主党政権が行おうとしていることは、秘密保全法案によって「国家のプライヴァシー」を保護し、国民の知る権利を侵害する一方、マイナンバー法案によって「国家の知る権限」を保障し、国民のプライヴァシー権を侵害するという、従来の国家と国民との関係を180度転換することである。このような法の制定は、けっして許されるべきものではない。

5 必要なのは情報公開と国民の権利保障
 最近、有識者会議の発言内容を記録したメモが破棄されたことが発覚し、この法案自体秘密主義の下で制定されようとしていることが明らかになった。今、必要なのは、国家の秘密を覆い隠し、国民のさまざまな権利を侵害する秘密保全法案の制定ではなく、国民主権の下で国民が適正な民主的決定を行うための情報公開である。日本民主法律家協会は、秘密保全法の制定に反対であり、同法案を国会に提出することのないよう強く求める。




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