法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」 御 中
2011年7月に発足した法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」)は、その後3年あまりの討議を経て、現在、改正法案のたたき台となる答申のとりまとめ段階にあるとされている。
特別部会は、検察官による証拠ねつ造が発覚した厚労省事件や、足利事件、布川事件、氷見事件、志布志事件など数多くの冤罪事件への反省から、これら冤罪事件に共通する問題点、すなわち、密室における取調官の自白採取に過度に依存してきた捜査方法を改め、被害者段階の取調べ状況の録音・録画制度、いわゆる捜査段階の可視化をはじめとした新たな制度を導入することによって、新たな冤罪を生み出さないことにこそ、その存在意義があったはずである。
ところが、2013年1月29日に特別部会が発表した中間報告「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」(以下「基本構想」という。)の内容、さらには、その後の特別部会及び特別部会の下に設置された作業分科会の議論状況を見る限り、特別部会において、新たな冤罪を生み出さないという制度改革の目的に沿った議論がなされているとは到底言い難い。
取調べ過程の可視化については、可視化の対象を全刑事事件の約2パーセントに過ぎない裁判員裁判事件に限定する案に改革案が絞られ、さらに大幅な例外や捜査機関に裁量を認める案などが提示され、可視化制度の意義自体が骨抜きにされようとしている。
また、捜査機関による手持ち証拠開示の全面開示についても、リスト開示が議論にのぼっているだけでほとんど手が付けられず、冤罪の温床である「人質司法」についても、実効的な改善案は出されていない。
代わって、制定当時より違憲であるとの批判が強い盗聴法(通信傍受法)の対象拡大や、さらに人権侵害の危険性が高い会話傍受の新設、被告人の証人化や司法取引の制度化など、むしろ、捜査機関側の権力肥大に重点が置かれる制度改革が進められようとしている。
このような議論の方向性は、新たな冤罪を生み出さない刑事司法改革の根底を揺るがし、極めて憂慮すべき状況にある、と言わざるを得ない。
このような中、本年3月27日静岡地方裁判所刑事第1部は、袴田巌氏の第二次再審請求事件について、再審開始、刑の執行停止のほか、拘置を取り消す旨の決定をした(以下「袴田決定」という。)。
袴田決定は、捜査機関によって自白を得るためになされた長期間の取調べの最中に、重大な証拠がねつ造された疑いがあることを指摘し、冤罪によって45年以上にわたり死刑執行と隣り合わせに拘置されてきた袴田氏の身柄をこれ以上拘束することは、「刑事司法の理念からは到底耐え難い」とまで言い切った。
今回の袴田決定は、袴田氏を有罪とした確定判決でさえ言及せざるを得なかった袴田氏に対する捜査機関の強引な取調べを糾弾するとともに、長期間の身柄拘束下における自白採取のための取調べがいかに危険であるかについて、あらためて警鐘を鳴らしたものである。また、袴田決定が確定有罪判決を覆すに至ったのは、これまで捜査機関が隠匿してきた袴田氏に有利な新証拠が、再審段階になってやっと開示されてきたからにほかならない。
このような決定が出され、日本中の人びとが、冤罪を生み出してきたこれまでの刑事司法の問題性、危険性を再認識している今日、特別部会がこれまでと同じように取調べの全過程可視化の制限や証拠の全面開示を否定する方向で議論を進めることなど、到底許されるものではない。
特別部会においては、今般の袴田決定を契機として、冤罪がいかに人権を侵害するのかについて再度認識を改め、新たな冤罪を生み出さない刑事司法の構築という目的意識に戻って、全事件における取調べの全過程可視化、捜査機関の手持ち証拠の全面開示を徹底して追求し、通信傍受法の拡大や会話傍受の新設、被告人の証人化や司法取引など、捜査権力に強大な権限を与える方向で議論を進めることのないよう、強く求める次第である。
以上
2014年4月22日
日本民主法律家協会
青年法律家協会弁護士学者合同部会
自由法曹団