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異論・反論/北朝鮮の問題を私たちはどう考え、何をすべきなのか!

第0003回 (2005/11/16)
北朝鮮問題につき吉田博徳氏の批判に答える(木村晋介)

 私が法民三九四号に投稿した論文に対し、同三九六号に日民協理事の吉田博徳氏の反論が掲載されました。吉田氏の論文は、北朝鮮問題(以下北、又は北問題とする)に関するある種の典型的な主張ですので、この機会をかりて、同論文に対する再反論を試みたいと思います。
 私の前記論稿の趣旨は、日民協の定時総会で私一人の反対で承認された‘〇三年度活動報告の内容につき、次のような論点から批判したものです。
 @ 「北側が拉致を認めて日本に帰国した五人を北へ戻さなかったことを日本政府の失政」とする報告の立場は誤っている。
 A 「北問題に関する報道は、有事立法や憲法改正反対運動への悪影響があるので、ジャーアリズムの健全を損なう」とのジャーナリズム批判は誤りである。
 B 北政府が日系朝鮮人、戦前に教育を受けたインテリゲンツィア、宗教家、囚人や政治犯の家族などを敵対階層として差別し、その多くの人々に対し裁判もなしに強制収容所に収容し、公開処刑を含む過酷な処遇をしていることなどについて、日本の法律家人権団体では積極的批判が欠如している。
 以上の三点につき吉田氏は「まず、日本としての責務を課せ」とのタイトルの下に以下のように反論されています。
 @ 一時帰国の約束が日朝間に「あった」とみられる以上、帰すことが外交上の鉄則であり、国際的支持をうる所以である。
 A 北の人権問題については、北が事実上鎖国状態であり北国内の調査ができないのであるから、脱北者の自白や伝聞をもとに報道することは、仮に映像であろうと、政治的世論操作でないとはいえない。
 B アメリカは世界最大の人権侵害国家、日本は植民地時代の被害者に対し謝罪も賠償もはたしていない国家であるから、北の人権問題を批判する資格がない。この状況下では北の人権侵害を真正面から批判するのは間違いである。
 以下に上記の項目ごとに再批判を致します。
 まず、吉田氏のAについて。北は「民主主義人民共和国」と名のる国であり、人民の平等、思想・表現の自由、結社の自由などを認める近代憲法を持つ国であり、且つ国連人権条約の批准国であります。それでありながら、なぜ「事実上の鎖国状態であり国内での調査の為の自由行動がとれない現状にあることが許されるのか。このこと自体について吉田氏が批判の目を全く向けないことに私は違和感を禁じえません。そのような「自由行動がとれないこと」自体が絶対的な権力を持つ指導者の世襲制と主体思想による全面的な思想統制の結果であることを吉田氏は認めようとせず、むしろその「現状」を根拠として「北に人権問題があるとはいえない、従ってこれがあるというジャーナリズムは誤りを犯している」と主張しておられるのです。このことについて吉田氏は矛盾を感じないのでしょうか。要するに北は今、吉田氏が「真正面」から批判している戦前の全体主義的日本に優るとも劣らない状況下にあるのです。戦前の天皇神格化の下での思想統制と差別、他民族蔑視を強く批判し、そうした戦前の誤った体制が軍優先の体制を産み出し、わが国を戦争に駆り立てていったことを痛烈に批判する吉田氏に、なぜそれと同様に危険な「現状」にある北についての報道が「政治的世論操作」としか見えないのでしょうか。
 事実上の鎖国状態にあり北国内での自由な調査ができないからこそ多数の脱北者(この中には北の権力中枢にいたものから元特殊工作員、強制収容所体験者、再帰国した日本人妻など様々な人がいます)や国際ボランティアなどから情報を収集する。その情報を科学的に分析し、それらの証言の中にある明確な共通性、具体制、衛星写真や国内で隠し撮られた映像との符合性などにもとづいて、確認できる情報が様々な方法で報道され、出版されています。私が本誌三九四号で紹介した本は紹介した三冊はいずれも高い精度をもったものであり、著者も極めてニュートラルな人権主義者です。こうした情報に対し過度に「慎重」になることは、大変に危険な結果を必ず生むでしょう。
 次にBについて。確かにアメリカは多くの戦争犯罪を犯し、また現に犯している国であります。しかし同時に日米両国が民主主義と人権主義を基調とする国家であり、両国の犯した、又は犯している平和と民主主義に反する行為に対しては、自国内で自由な批判と抗議の行動が行われ、両国の国民はその国の権力者を変更する権利を付与されています。吉田氏の掲げる反米主義者の著作も、著者はアメリカに在住するアメリカ人であります。情報が閉鎖され、批判の自由が封殺された内部で行われる人権侵害が、最も悲惨を極めるものであることを私たちは、ホロコースト、ポルポトやチャウセスク政権下の経験で学んできています。それだからこそ、今、北を問題にしているのです。また、世界中のどの国もどの民族も過去または現在に、批判されるべき人権犯罪を犯しています。そのことが北を批判する資格にかかわるという吉田氏の主張が許されるならば、北のみを人権犯罪の聖域として認めることにならないでしょうか。逆説的にいえば、なぜ吉田氏は、今現在、内外の人民に対して犯罪的な人権侵害を犯している独裁軍事国家であり、他国民を平然と拉致する国家であり、「ソウルを火の海にする」として韓国に対する武力統合の立場を否定していない北が、どうして過去の日本の植民地時代の悪行を批判する資格があると思うのでしょうか。
 @について。なぜ、拉致の犯人の手に、せっかく救出した拉致被害者を、その本人たちとその家族の意思に反して帰さなければならないのでしょうか。福岡のバスジャック事件で、犯人の少年に対し「トイレに行かせて下さい。すぐに戻りますから」といって脱出に成功した婦人がいます。この婦人は犯人との「約束」を守ってバスに戻らなければならないのでしょうか。
 確かに「北への悪感情、恐怖感が有事立法反対運動へ一定の影響を与えた」ことは事実です。だからこそ日民協は、マスコミに「北のことは報道するな」というのではなく、北に対して、国際社会から非難されるような人権政策を止めるように呼びかけるべきなのです。テロや核保有宣言など日本の反動化の引き鉄になりかねない言動を止めるよう強く公然と発言すべきなのです。吉田氏自身、日朝協会機関紙「日本と朝鮮」二月一日号の中では、同協会会長として、「北朝鮮の数々の無法行動が(中略)日本の反動勢力の軍国主義復活強化に絶好の口実を与えている」として、北に対し真剣な真相究明を進めるよう強く要求するべきとされているではありませんか。吉田氏は「日本と朝鮮」はメディアでないと思っているのでしょうか。吉田氏は、北の人権問題は「北の国内問題」だと言い張りますが、これは明らかに誤りです。北の人権問題は、多数の外国人(韓国人約五〇〇人名を含む)の拉致、激増する脱北難民の処遇、「帰国運動」でだまされて帰国した九万三〇〇〇人の元在日コリアンや日本人妻の処遇等々を含む純然たる国際問題なのです。その被害者たちには、全く日本の植民地支配下の悪行に対する責任がないことにもしっかり目を向けて頂きたいと思います。また、北内での反人権的な政策は、北の先軍政策(軍事優先政策)と一体となったものであり、周辺国に対する脅威となりうることを忘れてはなりません。吉田氏にはしっかり事実を正面から見据えて、頂くよう心から希望します。

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