清水雅彦の映画評
第0002回 (2005/03/17)
『にがい涙の大地から』〜まず事実を知ることから始まる
【ストーリー】
劉敏(27歳)の父親は1995年に旧日本軍の砲弾の事故で命を落とした。工事現場で突然爆発した砲弾で父の両手は吹き飛び、全身に大やけどをおって18日後に死亡した。膨大な医療費が借金になって残り、10代だった彼女と弟は学校をやめ働き続けている。李臣(59歳)は29歳の時、浚渫船の工事中に正体不明のドラム缶に触れて、旧日本軍の毒ガスの被害にあった。全身に水疱ができ、性器も内臓も冒されて、深刻な後遺症に悩まされている。夫に代わって妻が生活を支えてきた。極貧生活に転落した李臣は自殺を2回試みている。2003年8月4日にはチチハル市であらたな毒ガスが見つかり1人が死亡、43人が重軽傷を負った。現在も深刻な後遺症に悩まされている。戦争が終わって60年。中国の大地には今も、日本が棄ててきた兵器が人知れず眠っている。かつての戦争の「置き土産」で、平和な時代に傷つけられる人々。彼・彼女らの声に耳を傾けてください。
(上映時配布資料の「ストーリー」部分から一部改変)
【コメント】本作品は、NHK報道ディレクターを経て独立後、インドネシアの元「慰安婦」のドキュメンタリー『Mardiyem 彼女の人生に起きたこと』を監督した海南友子さんの作品です。彼女が2003年に中国を旅行中、劉敏さんに出会ったことをきっかけに、取材を開始。日本軍の遺棄兵器で苦しむ被害者・家族約60人を取材し、本作品を完成させたとのことです。映画にはほかに、1980年に家の前庭を掘り返している時に旧日本軍の砲弾が爆発し失明、その後もほとんど寝たきりに近い生活を強いられている張喜明さん、1987年に工事現場で発見されたドラム缶の分析を頼まれて事故に遭い、事故後は1日に10回以上の咳の発作のため朝まで熟睡できない李国強さんの姿も追っています。
日本では1945年が「終戦」の年とされていますが、中国の人々は今でも60年前の戦争から解放されていないのです。旧日本軍が遺棄した毒ガス兵器によって。「戦後」生まれの劉敏さんも彼女の弟も、「戦時」の遺物による父親の死によって学校を辞め、借金返済の日々が続いています。彼女は教師への夢を、弟は獣医への夢を奪われました。李臣さんと妻も、李国強さんと妻も性生活を奪われました。張喜明さんは「ただ生きているだけ」の人生を強いられ、生活の世話をする弟は結婚を奪われました。多くの現在を生きる中国の人々の人生を、旧日本軍が奪っているのです。
劉敏さんや李臣さんら13人が原告となって日本政府に損害賠償を求めた裁判(「旧日本軍遺棄毒ガス・砲弾被害事件第一次訴訟」)では、2003年9月に東京地裁が遺棄の違法性を認め、国に計約1億9000万円の支払いを命じる画期的な判決を出しました。しかし、国は控訴するのです(判決から控訴までの流れも、映画では追っています。映画では追っていませんが、張喜明さんや李国強さんら5人が原告となった「第二次訴訟」では、2003年5月に東京地裁が遺棄の違法性を認めながら、主権の及ばない中国での兵器回収について日本政府には撤去の義務はなく、損害賠償請求は棄却するとの判決を出しています)。
私はこの映画を東京都内・日中友好会館での上映期間中に見ました。この時は、海南さんご本人からの挨拶もありました。お隣ではABC企画委員会による旧日本軍の毒ガスパネル展を開催しており、過去から現在までの国外における事実を地道に伝える人々の活動を目の当たりにすることもできました。海南さんはこう記しています。「日本は、きっと、今も逃げ続けているのだ。あの日、兵器を埋めて逃げた日本兵とおなじように。/私は逃げたくない。逃げちゃいけない。そのことを漆黒の大地に向かって、叫びたい衝動にかられながら、車の中で一人でつぶやいていた」(「声なき人びとの叫びが大地にこだまする〜終わらぬ被害・旧日本軍の遺棄兵器〜」『季刊 中帰連』29号・2004年夏号、61頁)。
私は講演時に「知識・意識・勇気」が大事だということをよく言います。まず知ること、何が問題か気づくこと、そして発言・行動することです。韓国大統領が三・一独立運動記念式典演説で「いらだつ」のもよくわかります。日本人拉致問題で声をあげる一方、強制徴用から「日本軍慰安婦」問題に至るまで、数千、数万倍の苦痛を与えたことに鈍感な日本人が多すぎます。それなりに知られてきた「慰安婦」問題に対してすらこのような状況です。ドキュメンタリー映画としては、細部に関して注文したいところもありましたが、かつての日本軍が中国で何をし、今この時もそれにより苦しめられていることをまず知らなくてはなりません。そういう意味で、この映画は大事な映画だと思います。
2004年日本映画
監督:海南友子
上映時間:1時間27分
今後の上映日程については、公式ホームページ参照
http://www.kanatomoko.jp/
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