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家裁からの通信

(井上博道)
第0005回 (2004/02/22)
子どもの権利条約ジュネーブ会議報告、その4

今回は少年司法に関する部分について報告します。
 今回の会議では、少年司法に関する部分はなかなかでませんでした。「おかしいな」とは思ったのですが、むしろ前半では嫡出子と非嫡出子の相続等に関する差の問題が家裁関係では重点だったように思います。
 「生まれ方で、相続等の差別があるのはおかしい」というのが委員の意見でした。
 たしかに、出生子に「生まれ方」の選択はできないし、それによって戸籍(日本独自の形式でしょうが)や相続に差がつくのは、社会が「烙印」を生まれながらに押すに等しいわけです。
 これに対する日本政府の委員の回答は「国民の納得性」「歴史や文化」といったものを全面に出したものでした。
 この点は重要です。つまり「子どもの権利条約」は国際基準なわけですが、たしかにそれぞれの国の文化や歴史といったローカル基準が一方で各国にはあり、どちらが優先されるべきか。国際基準に合わせようとすれば、その国の文化や歴史的経過と摩擦を生じることもあるのかもしれません。
 この矛盾は大きく、権利条約の委員からは繰り返しこの問題がでました。

 さて少年司法部分ですが、これが出たのは会議の一番最後でした。
 「ああー、もう終わりかよ」「なんだよ、これじゃなんおために来たのかわからないじゃん」と半分失望していたのですが・・・・
 突然、同時通訳の声が少年司法の論点をあげはじめました。

 冒頭、権利条約の委員は「日本において少年法改正があったことは承知している。わたしたちは、この改正によって、日本の少年司法が後退したと認識している」との認識を示しました。
 正直、びっくりしました。
 「いきなりかよ」(バカルディばりに)心の中でつっこみを入れたわけです。
 複数の委員があげた「後退した」と評価された論点は以下の通りです。
(1)刑事罰適用年齢の16歳から14歳の引き下げ
(2)検察官関与の導入
(3)観護措置期間の4週間から8週間の延長
(4)裁定合議制の導入

 これは少年法改正の論点のほとんどを網羅したものでした。ただ、いわゆる原則検察官送致(20条2項事件)については言及がなかったと思いますが。

 また(1)ー(4)以外には、「審判不開始及び不処分に既判力がない点はおかしい。成人になって、少年時代の非行で刑事訴追をうける可能性があるのはどうか」という点が指摘されました。さらに、さらに(2)については「検察官関与よりは、訓練をつんだ家庭裁判所調査官を活用する事の方がよいのではないか」との言及もありました。

 頭の中で「評決」という映画のジーン・ハックマンの言葉を思い出しました。
  「ニクソンが辞任した日、死ねればよかった」
 (ちょっと、おたくっぽいでしょうか。そんな気分だったのです。)

 つまり委員は少年法改正そのものを、包括して評価しているといえます。
注目されたのは政府委員の反応ですが、これがちょっと失望ものでした。
 第一に、政府委員は少年事件の増加と凶悪化という(この事には反論もあるのですが)国内の論点をあげるのみで、委員の質問そのものを回避したことです。
 少年事件が増加、凶悪化するのは各国にあることで、委員はその事を求めているのではなく、少年司法のあり方の問題を問うているのです。
 第二に、刑事罰適用年齢の引き下げを「各国の調査をこちらもしており、必ずしも国際的にかけ離れた年齢ではない」という回答については、調査した各国がどのようなもので、どの国を参考にしたのかについての言及がまたも(まさしく、「またも」です)ありません。
 多分英国かなと思いましたが、でも英国でもスコットランドは異なっていますので、もしイングランド部分であれば、「一部地域」が正解かと思いました。
 これは重要です。国内では国名をあげず「グローバルスタンダード」と言えば通りますが、国際会議ではこれは通じませんね。
 多くの国で少年司法の適用年齢と刑事罰適用年齢を分離させていることは、まさしく「グローバルスタンダード」ですから。
 第三に、観護措置期間の延長問題ですが、何の言及もありませんでした。
 正確には「事実の争われる事案」の延長なのですが、他のこともそうですが、回答者が少年法改正問題の論点及び論議の経過を十分把握しておらず、また、理解していない結果として、きちんとした説明ができなかったのではと思えましたが、検事さんいかがでしょうか。
 第四に、「既判力」について、委員が「保護処分にはある」と答えたことに仰天しました。保護処分といえば、保護観察、少年院送致をさしますが、今委員から問われているのは保護処分以外の「審判不開始、不処分」の問題ですよね。
 回答集に準備していなかったのかどうか。あるいは、相撲でいういなしなのかもしれませんが
浅学非才の凡夫には(よく他人から言われます)よくわかりませんでした。

 さて、委員の認識が「子どもの権利委員会」による今回の「勧告」にどのように反映されるのか。「少年司法が後退している」という認識が、はたして勧告に乗るのかどうか。そこが焦点になる情勢です。

  本当はここで終わる予定でしたが、実は某女史の血の出るような努力で勧告の和訳が実現しましたので、要点をあげたいと思います。

(少年司法)
 第一回の政府報告に対する委員会の所見以降、締結国政府は少年法改正を行ったことを認識しているが、委員会は、その改正点の多くが、児童の権利に関する条約の原理や原則の精神や、少年法の国際基準に沿ったものでないことを懸念している。
 とりわけ、刑事責任を問う年齢の低減を16歳から14歳に引き下げたこと、また審判前の身柄拘束期間の限度が4週間から8週間に延長されたことを懸念する。委員会はまた、大人として裁かれ、身柄拘束の判決をうける少年の数が増加していること、また、少年が終身刑を受けうるということを懸念する。そして委員会は評判の良くない場所へ出入りするような問題行動を示す少年が被疑者として扱われるという報告を懸念する。

(勧告)
委員会は締結国政府に、次のように勧告する。
 1 1995年の委員会の少年司法の運営についての議論を考慮し、少年司法のスタンダード、特に児童の権利に関する条約37条、39条、40条「少年司法の運用のための国際連合最低基準規則(北京規則)」「少年司法の防止に関する国連ガイドライン(リヤドガイドライン)」を実現すること
 2 少年が終身刑を受けることがないように法改正すること
 3 審判前の身柄拘束も含め、身柄拘束の代案を利用することを強化し、増やし、自由の剥奪は最後の手段であるようにすること。
 4 16歳以上(14歳以上?)の少年事件を家庭裁判所が刑事裁判所に移送しうる手段を廃しすること。
 5 法手続の全ての段階において、法を犯したとされる児童に法的援助を供給すること。
 6 問題行動のある児童を、被疑者として扱わないことを保障すること
 7 更正と社会への再統合プログラムを強化すること


 これをどのように考えるか。次週以降、ちょっと考えてみたいと思います。
 こうご期待。

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