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清水雅彦の映画評

第0010回 (2005/05/31)
『やさしくキスをして』〜ケン・ローチが描く恋愛映画

【ストーリー】
スコットランド・グラスゴーのカソリック高校で音楽を教えるアイルランド人・ロシーン(エヴァ・バーシッスル)は、パキスタン移民二世の女子生徒タハラの兄・カシム(アッタ・ヤクブ)と出会い、二人は恋に落ちる。しかし、ロシーンには別居中の夫があり、カシムには両親が決めた婚約者(従姉妹)がいて、父・タリクは息子夫婦のための新居建築にいそしんでいる。そんな中、タハラはタリクの意向を無視してジャーナリストになるためにエジンバラ大学へ進学すると言いだし口論となり、カシムは婚約解消を宣言して家を出る。カシムはロシーンと暮らし始めるが、イスラム教への改宗をロシーンに断られる。一方、ロシーンは正教員になるための資格証明書を得るために神父を訪れるが、神父からイスラム教徒であるカシムとの交際を非難され、証明書を得られないばかりか、無宗派学校への異動を余儀なくされる。このような状況の中で、二人は……。


【コメント】
本作品は数々の社会派作品を手がけてきたイギリスのケン・ローチ監督による恋愛映画です。しかし、当然、単なる恋愛映画ではなく、そこはケン・ローチ流の恋愛映画。親に絶大な権威があり、家族を大変大事にするイスラム教徒と、神父に特定分野における権限まであり、離婚に厳しいカソリック教徒という二つの厳格な宗教の信徒による困難な愛。民族・宗教の高い壁がそびえる中で、若い二人はもがきます。

最初は、「やはり民族・宗教より個人でしょう」という感覚で、父・タリクや神父の姿勢に反発を感じながら見ているのですが、タリクの息子への想いを聞いているとそう単純化もできなくなってくるのです。映画の冒頭でも、妹・タハラが白人男子生徒からパキスタン移民であることをからかわれます。タリクにとって、イギリスへ来てからパキスタン移民・イスラム教徒への偏見・差別は一度や二度でないことは容易に想像できます。息子が簡単に白人女性から捨てられるのではないか、地域社会で自分たちが経験した以上の色々な差別を受けるのではないかという息子への心配も痛いほど感じてくるのです。なぜなら、私自身、「結局、白人は黄色人種を見下しているのではないか」という経験をしたことがあるからです(もちろんこれは個人的経験であり、普遍化はできませんが)。

現在、私は朝鮮大学校でも非常勤講師を務めており、朝鮮民族の結束の強さをナマで感じることができます。約1億2700万の日本の人口の中で、朝鮮民族、特に朝鮮籍の人々は本当にマイノリティーの存在。大分、差別はなくなってきたとはいえ、これまでの長い様々な差別と今でも残る差別、最近では「拉致事件」に対する日本人の反応などから身を守り、闘うためには、同胞の結束は大変重要です。そのような問題以前のことですが、彼・彼女らのアイデンティティを大事にする様を日常的に見ていると、羨ましくも感じます。

とはいえ、私自身はやはり国家・民族・宗教を越えて、一人一人の人間が対等につきあえるような社会を目指すべきだと考えています。民族性などを大事にしていく必要性も理解しつつ、その弊害も認識しなければなりませんし、やはり個人の尊重を追求したいです。それは一足飛びにはできませんし、50年100年単位のものだと思っています。事は簡単ではありませんから、単純化もしたくはありません。そういう意味で、悩み傷つきながら前に向かって歩んでいこうとするロシーンとカシムを応援したくなります。

それにしても、前回紹介した『Little Birds』は新宿のK's cinemaで、本作品は渋谷のアミューズCQNで見たのですが、比較的新しい両劇場でこのような硬派の映画が上映されていることにちょっと嬉しく感じました。



原題:Ae Fond Kiss
2004年イギリス・イタリア・ドイツ・スペイン映画
監督:ケン・ローチ
配給:シネカノン
上映時間:1時間44分
渋谷アミューズCQN・梅田ガーデンシネマにて6月3日まで上映

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