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清水雅彦の映画評

第0026回 (2005/08/20)
『ライフ・イズ・ミラクル』〜愛とロバ(!?)が人間を救う人間賛歌の映画

【ストーリー】
1992年のセルビアとの国境に近いボスニアの片田舎。セルビア人のルカ(スラブコ・スティマチ)は、妻ヤドランカ(ヴェスナ・トリヴァリッチ)、息子ミロシュ(ブク・コスティッチ)と幸せに暮らしていた。テレビではボスニア各地での銃撃戦を伝えるが、自分とは無縁とばかり、趣味にも興じながら。しかし、息子は軍に召集されることになり、壮行会の日に戦争が勃発。翌日には妻がハンガリー人と駆け落ちしてしまう。さらに、息子は敵側の捕虜に。数日後、息子を取り戻すための捕虜交換要員として、ムスリム人女性のサバーハ(ナターシャ・ソラック)を家で預かることになった。最初、距離を置いていた2人はやがて恋に落ち、幸せな日々を送り始める。しかし、妻が戻り、息子とサバーハとの捕虜交換を行うことになり……。


【コメント】
本作品は、ボスニア紛争を題材にボスニア出身のムスリム人監督(監督のエミール・クストリッツァは、これまでカンヌ・ベルリン・ヴェネチアの各国際映画祭で受賞)によって作られた映画で、紛争中、セルビア人男性が経験した出来事がベースになったとのこと。タイトルには、「人生というものの奇跡」を信じる監督が、どんなに辛く絶望的な状況下でも、喜びや愛、希望を失ってはならないというメッセージを込めます。

当事国出身者にとっては大変扱うのが難しく重たいテーマなのですが、なんと明るく元気が出てくる映画か。人々は歌と楽器演奏で楽しみ、コテコテのドタバタ劇もあり。登場する動物もいい。ルカの家の犬と猫がすごくいい味を出しているし、極めつけは人生ならぬ「ロバ生(?)」に絶望して鉄道自殺を試みるロバ。最後にこのロバが絶望した人間を救うシーンは可笑しいんだけど感動的。ロケ地の自然の光景も素晴らしいです。

興味深いのは、捕虜交換のシーン。映像だけだと、ルカとサバーハの悲しむ表情は、見る者にたとえばお互いが抱く今までの苦しみや敵側への憎悪と解釈されるかもしれませんが、実際にはお互いが愛し合ってしまったから別れが辛いだけのこと。しかし、テレビ・ニュースなどではいくらでもナレーションで解釈されてしまうから恐い。映画では、ミロシュが捕虜交換後、テレビ・リポーターから愛国心をかき立てられるようなコメントを期待されてマイクを差し出されますが、彼がゲップで応えるシーンが痛烈。

このボスニア紛争を題材とした最近の映画としては、「悪のセルビア軍」を「大量虐殺」してアメリカの正義を訴える単純なハリウッド映画『エネミー・ライン』は話にならないとして、シニカルな笑いを織り交ぜながら紛争の愚かさを鋭く描くヨーロッパ映画『ノー・マンズ・ランド』がありました。これに対して、本作品はコミカルな笑いが溢れますが、両者とも手法が異なるとはいえ、根底には戦争批判がある。悲惨な経験をした者として、二度と戦争を繰り返すなという作り手の思いが伝わってきます。

先日、田中裕子・岸部一徳共演による50歳の愛を描く『いつか読書する日』を見ましたが、頭では何歳でも恋愛できると思っていても、さすがに30代の身では50代の恋愛というものが実感としてよくわかりませんでした(特にこの映画は30余年も封印した恋だったので)。しかし、本作品を見ると、最初は妻や息子を思ってサバーハを時に激しく非難したルカも、恋に落ちると青年のように大自然の中で愛を育んでいく。妻は駆け落ち、息子は捕虜、そして国内は紛争状態なのに、「このオッサン何をやっているんだ」と思いつつ、2人の恋愛シーンが大変素晴らしい。2人に国家や民族は関係ないのです。そういう意味でも、『亡国のイージス』がさらに滑稽に思えた映画でした。



2004年フランス、セルビア=モンテネグロ合作映画
原題:Life is a miracle
監督:エミール・クストリッツァ
提供:ギャガ・コミュニケーションズ、アミューズソフトエンタテインメント
配給:ギャガ・コミュニケーションズGシネマグループ
上映時間:2時間34分
シネスイッチ銀座にて上映中
http://www.gaga.ne.jp/lifeismiracle/

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