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清水雅彦の映画評

第0028回 (2005/09/19)
『愛についてのキンゼイ・レポート』〜今、キンゼイを扱う極めて政治的な映画

【ストーリー】
動物学を専攻するキンゼイ助教授(リーアム・ニーソン)は、インディアナ大学でタマバチの研究に没頭していた。そんなキンゼイの講義を熱心に聞いていたクララ(ローラ・リニー)はキンゼイに声を掛け、二人は急速に接近、結婚する。初夜で上手くいかなかった2人は、医師に相談することで無事性交に至る。その経験に自信を得たキンゼイは、同様の悩みを抱える学生の相談に応じるうちに、大学で「結婚講座」を引き受けることになった。しかし、学生の多岐にわたる質問への回答に限界を感じたキンゼイは、性行動の実態調査に乗り出す。ロックフェラー財団の資金援助も得た大々的な調査結果は、『キンゼイ・レポート男性版』として出版、大ベストセラーに。さらに『女性版』を出版するが、女性の性の解放に否定的な社会から大バッシングを受ける。そして、議会では共産主義者疑惑をかけられ、財団からは援助を切られ……。


【コメント】
本作品は、世界でも反響を呼んだセックス・レポートをまとめたキンゼイ博士についての映画です。ジッパーも非難するメソディスト牧師の父親との関係と父親の性的トラウマ、350もの調査項目と直接の聞き取り手法、18000人という調査対象者数、何千ものタマバチに同一個体がないように人間一人一人異なることを発見するさま、議会のバッシングなど、興味深い描写が続きます。製作総指揮はフランシス・フォード・コッポラ。

しかし、州により違いはありますが、戦後も長らくオーラル・セックスやアナル・セックス、青少年のマスターベーションに厳罰を科していたキリスト教保守派の強いアメリカ。キンゼイが調査を行ったのが1940年代、『男性版』の出版が1948年、『女性版』の出版が1953年ということを考えれば、激しいバッシングも想像がつくでしょう。1954年にはマッカーシーの「赤狩り」旋風によって、「セックスを通じてアメリカを堕落させる共産主義のスパイ」にまでされ。それでも『レポート』発表後、ウーマンリブやゲイ解放運動が盛り上がり、女性の妊娠中絶も合法化され、キンゼイの研究は影響を及ぼします。

それが今また、アメリカのキリスト教保守派が巻き返しをしているところです。同性愛結婚と妊娠中絶に批判的なブッシュ大統領が再選され、連邦最高裁に保守派を増やそうとし、結婚まで童貞と処女を守ることを奨励する「絶対純潔教育運動」にも力を入れています。こういう政治(性事)的状況だからこそ、ゲイであることを公言している監督によってこの映画が作られました。実はこの映画はかなり政治的な映画なのです(そして、アメリカではこの映画に対する製作妨害や上映反対運動が展開されました)。

そういうことを考えると、この日本の配給会社の宣伝の仕方はひどいですね。キンゼイを描いた映画だから原題は『キンゼイ』なのに、この邦題だと『レポート』内容に関する映画のように誤解されるおそれがあります(映画のチラシにも大きな調査結果グラフが記載されています)。性調査に関心がある人を勘違いさせて劇場に呼び込もうと考えたのでしょうか。一方で、「性について」ではなく、「愛について」と付けたのは、「純愛ブーム」に乗っかるつもりだったのでしょうか。監督にも観客にも大変失礼な宣伝の仕方です。

それはともかく、キンゼイの同性愛体験や調査チーム内の婚外交渉に対する評価は分かれるとしても、『レポート』は別です。映画でも最後の方で、レズビアンの女性が『レポート』のお陰で自分は異常ではないと勇気づけられたと述べます。キンゼイが明らかにしたのは、性行動に多数派と少数派は存在しても、異常と正常という分け方はできないということ、性を直視すべきであるということです。刑法175条でわいせつ表現規制を行い、養護学校の性教育バッシングがある日本でも、この映画から考えることは多々あります。



2004年アメリカ・ドイツ映画
原題:Kinsey
監督:ビル・コンドン
配給:松竹
上映時間:1時間58分
シネスイッチ銀座など各地で上映中
http://www.kinsey.jp/

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