清水雅彦の映画評
第0060回 (2006/08/07)
『蟻の兵隊』〜国家に翻弄された「被害者」が「加害」の現場を訪れ
日本のポツダム宣言受諾後も、中国山西省にいた北支派遣軍第1軍将兵約59000人のうち約2600人が武装解除せず残留し、中国国民党系軍閥に合流。約4年間共産党軍と闘い、約550人が戦死、700人以上が捕虜となる。自らの意思で残留したと考える政府が復員までの軍籍と軍人恩給の支払いを認めないことに対して、元残留兵らが2001年に裁判を起こす。その原告の一人、奥村和一さんが証拠を探しに中国に向かい……。
本作品は、元テレビ・ドキュメンタリーのディレクターで、ドキュメンタリー映画監督は2作目となる池谷薫監督作品。2004年に奥村さんと知り合った監督は、初年兵訓練の一環として中国人を刺殺した現場の再訪を奥村さんに提案し、了解されたことで映画の撮影を決めたそうです。本作品上映は、今年3月の試写会をきっかけに学生ほか様々な世代の人たちが結成した「蟻の兵隊を観る会」の支援活動に支えられた結果です。
映画では、中国で関係者に会っても奥村さんはまず謝罪するわけでもありませんし(実際にどうだったかは映画では不明)、妻に昔の自分の行為を話していないことが明らかになります。そればかりか、自分が刺殺した中国人が日本軍管理の炭坑から敵前逃亡した警備隊員であったことを知って、刺殺されるのは当然である旨のことを言ってしまう。ここに、戦時下の思想教育の恐ろしさと人間の弱さを見せつけられます(奥村さんはすぐにこの発言を後悔し、帰国後は妻にかつてのことを話します)。この映画では、戦争加害者でもある被害者を通じて、日本人にかつての被害と加害の関係を考えさせます。
さて、今年ももうすぐ敗戦記念日。小泉首相の靖国参拝の可能性もあります。小泉首相は、語ることのできない靖国の「英霊」ではなく、日本軍によって殺されそうになったり強姦されたまだ生きているアジアの人々、そして奥村さんら元残留兵のナマの声をまず聞くべきでしょう。こんな国が「愛国心」を言い出すのは大変おこがましいです。
2005年日本映画
上映時間:1時間41分
http://www.arinoheitai.com/渋谷・イメージフォーラムなどで上映中
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