清水雅彦の映画評
第0069回 (2006/10/16)
『出口のない海』〜人間魚雷「回天」の悲劇を伝える
戦争末期の1945年、海中で日本海軍のイ36号潜水艦は敵艦の攻撃を回避していた。この潜水艦には、93式魚雷を基にして作られた定員1名の特攻兵器「回天」とその搭乗員も乗船していた。搭乗員の1人並木(市川海老蔵)は甲子園の優勝投手で、進学後は明治大学野球部で活躍していたが、肩の故障に悩まされ、志願して海軍に入った。さらに、「秘密兵器」搭乗に志願し、山口県光基地での厳しい訓練を経て出撃し……。
本作品の監督は佐々部清、原作は横山秀夫、脚本は山田洋次と冨田元文、市川海老蔵他の主な出演者は、伊勢谷友介、上野樹里、香川照之、永島敏行、三浦友和、古手川祐子。特攻兵器で真っ先に挙げられるのは零戦の「神風特攻隊」ですが、本作品は訓練を受けた者1375名・戦没者106名にものぼる人間魚雷「回天」を題材にした映画です。
映画全体の感想としては、確かに戦争の悲惨さは伝わってきますが、制作に関わっている朝日新聞社的というか、脚本の山田洋次的というか、「無難な反戦映画」といえる出来です。並木の苦悩や葛藤、恐怖が十分には伝わってこないし、映画の中で彼が発するメッセージもどこか優等生的で物足りない。野球経験があれば見てすぐわかりますが、市川海老蔵の投球フォームから野球の素人が演じていることにしらけてしまいます。
一方、この映画で大変興味深いのは、「回天」を題材にしたことのみならず、その内部や構造についての細かい描写。見ているうちに、当時の日本の技術の一定の水準に感心をしてしまうほどです。とはいえ、魚雷改造のため1人乗務でも中が大変狭く圧迫感があり、内部から操作できる脱出装置がなく、一度発進すれば敵艦に当たって爆発するか、はずれて海底に沈んでしまうという非人間的兵器の恐ろしさ。残酷な特攻兵器によって、どれだけの人間の物語と可能性が失われたのか。映画自体にはもう少し人間を描き、緊張感がほしいものですが、このような映画を作り続ける営みは大変大事です。
2006年日本映画
上映時間:2時間1分
http://www.deguchi-movie.jp/全国各地で上映中
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