清水雅彦の映画評
第0074回 (2006/11/15)
『紙屋悦子の青春』〜あの時、いくつもあったかもしれない庶民の戦争体験記
1945年3月の鹿児島県米ノ津町。紙屋悦子(原田知世)は、兄の安忠(小林薫)・その妻ふさ(本上まなみ)と質素ながら笑いの絶えない生活を送っていた。ある日、悦子が帰ってくると、安忠は後輩である海軍出水航空隊の明石少尉(松岡俊介)の親友・永与少尉(永瀬正敏)との見合いを勧める。悦子は明石に想いをよせていたが、明石は特攻隊への志願を決めていたのだ。悦子は縁談を受け、翌日、明石と永与に会うことに……。
本作品監督は、今年4月に亡くなった黒木和雄。「TOMORROW/明日」「美しい夏キリシマ」「父と暮せば」の戦争レクイエム3部作に続く戦争ものです。原作は、劇作家・松田正隆が自身の両親を題材に舞台用に書いた戯曲です。映画のほとんどはセットの中で、1945年3月から4月にかけての4日間を演劇のように展開していきます。
特に原田知世が恥ずかしさを内に秘めた昔の若い女性を好演していますし、当然のことですが、黒々とした日本女性の髪に安心して見ることができます(今や例えば、「美しい国」を唱える自民党のいい年した佐藤ゆかりでも、子ども化・白人化・商業主義の奴隷化により茶髪にする有様ですから)。しかし、時代設定が古い映画で、眉が現代人のままというのはどうにかならないのでしょうか。本上まなみのように、元々眉があった部分のふくらみと毛を抜いたり剃って細くした後とのギャップが大きいと、どうしてもそのおかしさが気になります(普段から他人の眉のこのギャップを観察してしまうのですが、今は男も眉を細くするから情けない。いい年した国会議員では石原伸晃の眉が見物)。
とはいえ、『父と暮せば』もそうですが、全体的に昔の真面目な「古き良き日本人」像をよく伝えているし、劇場笑いが絶えない映画です。また、長い1カットの中での長いセリフに固定又は動きの遅い撮影方法も特徴的。そして、戦時中なのに戦闘シーンは一切なく、戦争中とは思えないような静かな田舎の生活。しかし、戦争の悲劇を庶民のささやかな生活の中からしっかりと伝えます。ハリウッド映画のように莫大なお金をかけなくても、いい俳優・監督・脚本が揃うと、映画も秀作になるという代表例です。
2006年日本映画、上映時間:1時間53分、神田神保町・岩波ホールなどで上映中
http://www.pal-ep.com/kamietsu/
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