10月7日、京都地裁で原告1名が追加提訴しました。
※全国の提訴状況(最新)はこちら
http://www.jdla.jp/cgi-bin04/column/zan/upfile/36.htm
中国「残留孤児」・被爆者・中国人戦争被害賠償弁護団及び関係者は、「戦争被害・戦後補償を考える」をテーマに、お互いに戦争責任・戦後の責任について学びあおうと、学習会や交流を重ねてきました。
(『法と民主主義』2003年12月号)
その、戦後60年「海の企画」が「ピースボート コリア・ジャパン未来クルーズ Peace & Green in Asia」への参加でした(http://www.jdla.jp/cgi-bin04/column/zan/diary.cgi?no=84)。
そして、「陸の企画」として、11月19日(土)、20日(日)に“さらば戦争!映画祭”を行います。
そのweb siteがいよいよオープンしました。
↓ ↓ ↓ ↓
http://www.eigasai-60.com/
是非、ご覧下さい!
9月3日、東京品川区で、「中国帰国者二・三世の会」(通称・日中之橋)の設立総会が、帰国者二・三世のほか、原告(一世)、支援者、弁護士等約50名が出席して、開催されました。
二・三世は、これまで通訳、翻訳等で一世(原告)の裁判を支援してきました。この日代表に選出された大久保明男さんは、これからも裁判勝利に向けて支援活動を組織的に展開するととともに、日中両国の文化を身につけた自分たちの特性を生かして日中の架け橋となろうと呼びかけました。
また、原告団を代表して池田澄江関東原告団代表、弁護団を代表して安原幸彦同弁護団幹事長、支援者を代表して東京法律事務所の林千穂さんが、さらにその他関係者の方々がそれぞれ祝辞を述べ、二・三世の会の発展と今後のさらなる活躍に期待を寄せました。
会の規約 http://jcbridge.jugem.jp/?eid=1
中国帰国者二世・三世の会(日中之橋)事務局
〒105-0004 東京都港区新橋1-5-5
国際善隣会館五階
中国「残留孤児」国家賠償訴訟原告団事務局気付
FAX 03-3574-9312 E-mail ohkubo@tmca.ac.jp
HP http://spaces.msn.com/members/8888jcbridge/PersonalSpace.aspx?_c=
9月2日、大阪、福岡で、それぞれ原告団、弁護団が府、県選管に選挙公報等に中国語でも記載するなど日本語が不自由な中国残留孤児が投票できる環境を整備するよう要請しました。
http://blogs.yahoo.co.jp/genkokusien/10229937.html
8月30日、東京地裁で口頭弁論期日が開かれました。
この日の期日は、7月7日の大阪地裁判決後初めてのもので、冒頭、鈴木經夫原告弁護団長より意見陳述が行われ、大阪判決の誤りを詳細に指摘しました。
(意見陳述の内容はこちらhttp://www.jdla.jp/cgi-bin04/column/zan/upfile/90.htm)
この日の法廷では、関東訴訟では初めて、「同時通訳」が導入され、傍聴席の原告の方々が中国語で法廷のやりとりを聞くことができるようになりました。
(中国語訳http://www.geocities.jp/genkokusien/tokyou7.6C.html)
その後、千葉県在住のK.Hさん、神奈川県在住のI.Tさん2名に対する原告本人尋問が行われたました。
K.Hさんは、日本での暮らしが始まったばかりのころ火事により全財産を失い途方に暮れていたところ、市役所の職員に、「日本で暮らすことができないなら中国に送り返す」といわれたこと、また、就職した会社が残業代をごまかそうとしたため抗議したところ、「いやなら中国に帰れ、ばか」といわれたことを語り、「中国にいたときは『小日本鬼子(シャオリーベンクイズ)』といわれ、日本に帰ってきたら『中国に帰れ』といわれる。私はどこの国の人ですか?」と述べました。
この日の2名の原告に対する尋問により、「孤児」たちがこれまで被り、また、現在も被りつづけている被害は、大阪判決がいう「不便」、「不利益」ではすまされない深刻なものであることがますます明らかになりました。
憲法研究所のHPでも、レポートされています。
http://www.jicl.jp/now/saiban/backnumber/china_7.html
次回の期日は、以下のとおりです。
日時:11月8日(火)午前10時〜午後5時
場所:東京地方裁判所103号法廷
※原告本人尋問を予定しています。
※傍聴するには傍聴券が必要です。傍聴券の抽選は午前9時30分です。