特集★象徴天皇制をめぐる今日の議論
◆特集にあたって………澤藤統一郎
◆日本国憲法における象徴天皇制度の位置──生前退位問題に関連して………植村勝慶
◆「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」論点整理を憲法学から読み解く………麻生多聞
◆「生前退位」をめぐる断想──象徴天皇制の根っこを見つめながら………田中伸尚
◆生前退位に伴う天皇代替わり儀式の問題点………中西一裕
◆戦後天皇制と捏造「教育勅語」──森友学園事件と「愛国者」たちの欺瞞………早川タダノリ
◆安倍政権の天皇制利用──伊勢と靖国を通じて………辻子 実
◆琉球沖縄から見た天皇・天皇制………石原昌家
連続企画●憲法9条実現のために〈11〉自衛隊南スーダンPKO派兵差止訴訟──戦争に子をとられる母の思いと主権者の責任………佐藤博文
連続企画●憲法9条実現のために〈11〉「殺し・殺される」そんな流れをかえなければ…………平 和子
司法制度委員会・公開研究会〈1〉厚木基地訴訟・辺野古訴訟最高裁判決からたみ司法制度の現状………岡田正則
司法をめぐる動き・共謀罪(テロ等準備罪)法案ここが問題だ………平岡秀夫
司法をめぐる動き・1月~2月の動き………司法制度委員会
メディアウオッチ2017●《国会審議と報道》森友、PKO、共謀罪のウソとデマ メディアにも事実を隠す…………丸山重威
あなたとランチを〈№24〉………ランチメイト・長谷川悠美・竹村和也先生×佐藤むつみ
BOOK REVIEW 前田朗著「黙秘権と取調べ拒否権─刑事訴訟における主体性」三一書房………渕野貴生
委員会報告●司法制度委員会/憲法委員会………米倉洋子/小澤隆一
資料●憲法違反の共謀罪創設に強く反対する共同声明……共謀罪法案に反対する法律家団体連絡会
時評●原発被災6年を迎えた福島の課題………今野順夫
ひろば●「放射能汚染公害訴訟」に思うこと──原発事故から6年経て新局面へ………小野寺利孝
◆特集にあたって
昨年八月の天皇(明仁)生前退位希望発言をきっかけに、象徴天皇制のあり方をめぐる議論が活発化している。しかし、その活発化した議論は未整理のまま昏迷しており、幾つかの「ねじれ」さえあることを指摘せざるを得ない。泥縄的に天皇の生前退位を認める法整備を目前にしたいま、原理的で原則的な象徴天皇についての議論の整理が必要と思われる。
本特集は、今日的な象徴天皇制をめぐる論争の状況を整理し日本国憲法の理念からの原則的な基本視点を提供しようとするものである。
従来オーソドックスな憲法学は、天皇を日本国憲法体系における例外的存在とし、国民主権論や人権論との整合の観点から、象徴天皇の行動範囲を可及的に縮小しようとしてきた。しかし、天皇自身は「象徴としての公的行為」拡大を意識し、そのような「象徴天皇像」を作ろうと意図してきた。そのため、天皇の生前退位希望発言は、明らかに象徴天皇の公的行為についての積極的拡大論とセットになっている。
もっとも、その公的行為拡大論には、世論の一定の支持があることを否定し得ない。これまでの天皇(明仁)の発言が憲法に親和的でリベラルなものと認識され、また被災地慰問や戦没者慰霊などの行為が世論から好感を持たれているという事情による。そのため、いまリベラル派の一部に「公的行為拡大」論を容認する論調が見られ、むしろ守旧派が「公的行為縮小」論を主張するという「ねじれ」た論争が展開されている。しかし、生前退位の可否と、公的行為容認の可否とは厳格に分けて論じられなければならず、あくまで天皇の存在感と行動可能範囲を極小化する議論こそが出発点でなければならない。
なお、旧天皇制の残滓としての象徴天皇の権威拡大は、ナショナリズムと結びつけての利用の危険を常に内包している。現政権はことさらにそのような意図を有しているものと警戒せざるを得ない。その危険性を、閣僚の靖国神社や伊勢神宮参拝、あるいは伊勢サミットなどの問題として直視しなければならない。それにくわえて、「天皇制批判の表現の自由への抑圧、弾圧はなくならない。」という指摘を重いものとして受け止めなければならない。
また、生前退位に伴い、大嘗祭・即位の礼が行われることになろうが、厳格な政教分離を定めたはずの憲法をないがしろにしたこれらの動きを警戒し、問題点を指摘しておかなければならない。さらに、急浮上した森友学園疑惑に関連して、教育勅語論争が天皇制再考のテーマとして関心を集めている。
今号の特集では、以上の観点から、七本の貴重な寄稿を得た。
「日本国憲法における象徴天皇の位置─生前退位問題に関連して」(植村勝慶)は、錯綜した議論の基本視点を提供するものであり、「『天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議』論点整理を憲法学から読み解く」(麻生多聞)は、論争の整理を試みたものである。「『「生前退位』をめぐる断想──象徴天皇制の根っこを見つめながら」(田中伸尚)は、エッセイのかたちで象徴天皇制の問題の根源を抉っている。「生前退位に伴う天皇代替わり儀式の問題点」(中西一裕)は、前回天皇代替わりの際の儀式を政教分離違反と争った訴訟弁護団からの貴重な問題提起である。「戦後天皇制と捏造『教育勅語』─森友学園事件と『愛国者』たちの欺瞞」(早川タダノリ)は、教育勅語論争における右派の論理の分析として有用な視点を提供するもの。そして、「安倍政権の天皇制利用──伊勢と靖国を通じて」(辻子実)は事情通の貴重な論稿。最後の「琉球沖縄から見た天皇・天皇制」(石原昌家)は、天皇と琉球沖縄との関わりを通史としてまとめ、その視点から沖縄と本土の現在の関係を再考する。
この特集が、象徴天皇制を憲法原則の視点から、多面的に見つめ直すきっかけとならんことを願っている。
「法と民主主義」編集委員会 澤藤統一郎
(福島大学名誉教授)今野順夫
東電福島第一原発の事故から6年。復興の歩みをみれば、つい最近の事故のように思えるし、震災時に生まれた子どもたちは小学校に入学し、小学校卒業の子どもたちは、社会人や大学受験生となる。中学校卒業者は成人式を迎えた様子を見ると、その年月の長さを実感する。
震災時、東北被災三県と括られたが、比較的、被害の少ないと思われた福島県のその後の復興の足取りは、鉄の下駄を履いたように重い。宮城の犠牲者1万772人、岩手の5796人に比すると、福島の1810人(警察庁2016年12月9日)は少ないが、被害の甚大さと復興の困難性は比例せず、時間の経過とともに、両者の間に格差が拡大している。
避難指示区域の約8万人の避難、そして避難指示区域以外の避難(「自主」避難)を含めると、避難者のピークは16万人を超えた。6年経って、8万人なったが、この広域的・長期的な避難は、津波等被災に原発被災が加重した複合災害によってもたらされた。
津波等による直接死は1604人に対して、避難等の負担加重による「災害関連死」は2129人(福島県発表。2017年2月20日現在)。震災関連自殺も、時間の経過の中でも減少せず、高止まり、宮城・岩手に比較しても厳しい。
5年間の「集中復興期間」が過ぎ、「復興・創生期間」が開始し、避難指示区域以外の避難者(「自主避難者」)の住宅供給措置(支援)が、2017年3月に打ち切られようとしている。生業を支える営業損害賠償も、打ち切られ、それを基に凌いできた中小零細企業では、解雇問題も生じている。
不十分にせよ、損害賠償(精神的損害賠償金・就労不能損害賠償金)や住宅支援は、避難指示区域からの避難と結びつけられていたが、その打切りと連動する「避難指示区域」の解除が、この3月に集中的に行われようとしている。すでに、「避難指示区域」解除は、広野町、田村市都路地区東部、川内村、楢葉町、葛尾村、南相馬市で行われ、対象人員は2万6000人に及んでいるが、さらに飯舘村・浪江町・富岡町の帰還困難区域以外の地域、及び川俣町山木屋地区の2万4000人について解除されようとしている。
補償打切りを伴う一方的指示解除は、避難住民にとっては、事実上、帰還の強制であり、故郷を一方的に奪われた避難住民にとっては、今度は避難先での生活や住居を再度、奪われることになる。避難可能となって1年半が過ぎた楢葉町では、帰還した住民は10.5%、半年が過ぎた葛尾村でも8%しか帰還していない。避難者の多くは、帰還を望みながら、6年経った現時点でも躊躇している。その不安は、放射線の高さの健康不安、買い物や病院、学校など生活必需の環境の未整備である。これを整備することなしの帰還強制は、基本的人権の再度の侵害である。
帰還か移住かという二者択一的選択に固執せず、第三の道も考慮されるべきである。単線型帰還ではなく、複線型帰還ともいえる。そのためには、二重の住民票など、現実の避難先での生活の確立と、時間をかけても故郷に戻るという選択肢を保障すべきである。小さな子ども2人を連れて、県外避難した夫婦が、子どもが成人したら帰還して、祖父母が続けている農業を継続したいという前向きで、現実的な対応に感銘した。こうした柔軟な対応が、「故郷を残したい」という悲願実現にも合致していると考える。
住民の合意形成が不可欠だが、行政提案の従来型「同意」の枠を超えて、住民が「主体的」に合意形成を主導する必要がある。街の専門家の力を借りて106回継続しつつある「ふくしま復興支援フォーラム」や、住民代表と行政を含む「車座会議」等の試みを実体化していく必要がある。
また、被災者同士の連携、避難先住民と避難者の連携、自治体間の連携など、被災者を孤立させない全国民的な支援が不可欠であろう。復興すすめる主体として、被災地を包み込む自治体の連合、例えば責任を果たすべき県を含む「広域連合」などによる復興計画の確立は、放射能被害で虫食いにされた故郷の復興の当面の解決策になろう。
特に、最近、表面化している「避難者いじめ」は、単なる子ども同士の「いじめ」ではなく、被災者への「差別」である。非自発的な帰還による解決ではなく、原発被災の本質を子供を含む全国民が理解して、再び、こうした悲劇を繰り返さない行動と政策反映に向かわなければならない。
去る3月17日国と東電を被告とする「放射能汚染公害訴訟」で最初の判決が、前橋地裁で言渡された。翌日の各新聞が一面トップで「原発事故国・東電に過失」(東京他各社)等と報道した。現在、全国20地裁約30件の集団訴訟で最初の判決であっただけに、全国の原告団(18地裁約1万2千人)はもとより、全国の各弁護団・研究者や支援者たちも、「我が事」をかたずを飲んで見守った判決だった。それだけに、国の規制権限不行使を厳しく断罪し、賠償責任を2次的・補完的とする国の立場を排斥し、東電と同じく全部責任を厳しく認定している点は、今後の同種判決の優れた先例となる。
原告らの権利救済の点で課題を残したが、この判決報道は、朝日・毎日等が社説で取り上げたこともあり、本件訴訟が一気に世論の注目を集めたことの意義は大きい。これらの訴訟は、言うまでもなくわが国の歴史上最大・最悪と指摘される福島原発事故がもたらした「放射能汚染公害事件」で、国策民営として原発政策を推進して来た国と東電の法的責任を問うとともに、被害者の権利救済の司法判断を得て、原賠法の下で原賠審によって定立された損害賠償基準を質的に克服する司法判断基準を獲得することに大きな意義がある。
この6年、国と東電は、本来であれば、真摯に取り組むべき「原発事故原因」と「放射能汚染公害」を防止し得なかった責任の徹底的究明を放棄し、被害の実相の調査・解明も怠っている。損害賠償については、「原賠法の枠組み」で加害者である国が決定した各種の線引きによって被疑者を幾重にも差別・分断する賠償基準を定立し、その受諾を強制して来た。他方で、被害者たちの要求と主体的参加をいずれも拒否して推進されつつある国主導の復興計画は、放射能汚染公害被害者たちからかけがえのない「ふるさと」を奪い、あるいは「ふるさと」を変質・変容させつつある。この状況下で被害者たちが手にした国と東電の法的責任を断罪する判決は、これまで巨大な権力に対して素手で闘って来た被害者たちが、自らの切実な諸要求を権利闘争として闘う強力な武器を手にしたことを意味するものであり、今後の完全賠償と原状回復を求める諸々の要求実現に向けて新たな局面を切り開いたものと言えよう。
もちろん、1件の勝利判決だけで被害者の置かれた困難な状況が変わるとは言えない。今後、来る9月22日千葉地裁で予定される判決、さらには3月21日福島地裁で結審する「生業訴訟」の判決をはじめとして今年から来年にかけて連弾で迎える「放射能汚染公害訴訟」の判決で、国・東電の法的責任が不動のものになれば、自らの法的責任否定して進めてきた国の諸政策変更は必至になる。また、今後の司法判断で賠償基準が確立されるならば、必ずや全ての被害者の権利救済に道が開けてくるに違いない。さらには、放射能汚染公害で失ったふるさとを取り戻すという本命の闘いにも、決定的な力を与えることになる。これらのことは、これまでの「公害・薬害訴訟」や「じん肺・アスベスト訴訟」など多くの政策形成訴訟の闘いの経験が示している。
なお、去る3月8日、「原発と人権ネットワーク」が記者会見し、「国・東電の責任を明らかにし、住民に寄り添った施策」という緊急提言を発表している。この間、日民協をはじめとする同ネットワーク参加団体が各原告団・弁護団や関係者らと協議してまとめた、現在推進されている政策の抜本的転換を求める問題提起である。この緊急提言を含め、6年目を迎えた原発被害の実態と救済について、「法と民主主義」5月号に特集企画が予定されている。大いに期待したい。
(弁護士 小野寺利孝)