特集★東アジアに平和の架け橋を築く
◆特集にあたって………編集委員会 小澤隆一
◆日本国憲法9条からみる北東アジアの非核化………和田 進
◆東アジアの平和ための歴史認識の課題………大日方純夫
◆南北首脳会談と東アジアの平和………李 京柱
◆トランプ政権の対東アジア政策(Deal)のゆくえ………萩原伸次郎
◆翁長県政を継承し沖縄を「平和の島」に………徳田博人
連続企画●憲法9条実現のために〈19〉安倍9条改憲の危険性と発議阻止にむけてのたたかい──渡辺 治講演から学ぶ(改憲問題対策法律家6団体連絡会主催・夏季合宿より)………南 典男
司法をめぐる動き・裁判官にも「つぶやく自由」はある 裁判官のツイートに対する懲戒申立と弁護士共同アピール………島田 広
司法をめぐる動き・9月の動き………司法制度委員会
メディアウオッチ●《「のれんに腕押し」メディアと政権》「改憲シフト」の政権、知事選に沖縄の「民意」 フェイク情報に問われるメディアの役割………丸山重威
憲法論議に民主主義を取り戻そう 改憲に腐心する政権、W選の噂も………丸山重威
あなたとランチを〈№40〉夫婦で「育休」中………ランチメイト・山田大輔・聡美先生×佐藤むつみ
新企画・「改憲動向レポート」(№8)「憲法改正に挑戦し、日本の新しい時代を切り開いていく」と発言する安倍首相………飯島滋明
時評●IT時代の課税権に対する市民的コントロール……… 伊藤 悟
ひろば●少年法「年齢引き下げありき」ですすむ審議会………中矢正晴
◆特集にあたって
今年に入りアメリカを含む東アジアで「平和の胎動」が始まっている。これには、アイスホッケー競技で南北合同チームも結成された平昌冬季オリンピックの開催とその成功も色を添えていることを忘れてはならない。一九八八年開催の夏季ソウルオリンピックが、一九八三年一〇月のラングーンでの爆弾テロ事件(ソウル五輪参加要請のために各国歴訪中の全斗煥大統領一行を狙ったもの)や一九八七年一一月の大韓航空機爆破事件の後に、北朝鮮など数ヶ国がボイコットする中で開催されたこととは「雲泥の差」なのである。
四月二七日の韓国と北朝鮮の南北首脳会談における「板門店宣言」を皮切りに、六月一二日のシンガポールでの米朝首脳会談での「米朝共同声明」、九月一九日の二度目の南北首脳会談の「平壌宣言」に続いて、一一月に開催が企画されている第二回米朝首脳会談が、「東アジアの平和」構築の夜明けをさらに前進させる契機となるかが注目される。また、これから続く二〇二〇年の夏季東京五輪、二二年の冬季北京五輪を、東アジアでの平和の前進に花を添える「平和の祭典」として成功させることの意義は大きい。
ところがこうした動向の中で、日本政府の動きはどうか。自民党総裁三選を果たした安倍首相とその内閣は、辺野古での米軍新基地建設、イージス・アショアの整備を強行し、核兵器禁止条約の署名に背を向け、一〇月末開会予定の次期臨時国会での党としての改憲案の提出に執念を燃やしている。翁長知事急逝に伴う九月三〇日投開票の沖縄県知事選で、同知事の遺志を継ぐ玉城デニー知事が、与党推薦候補を圧倒して誕生したことも「どこ吹く風」の風情である(もっともずいぶんと「堪(こた)えて」いるはずであるが…)。
長きにわたる悲惨な侵略戦争の末に私たちが手にした憲法九条の意義は、今年の「ヒロシマ・ナガサキ」、「8・11」沖縄連帯集会、「8・15」など、数多くの催しを通じて改めて確認された。その意義をしっかりと踏まえた政治の実現は、日本とアジアの平和にとって切実な課題となっている。
東アジアに平和の架け橋を築こう。そのために日本の民主的法律家として知るべき事実、検討すべき論点、取り組むべき課題は何かを明らかにして、アジアの平和実現に背を向ける現政権に突き付け、これをくつがえす国民的世論を作り出そう。平和の架け橋は、多様な視点と豊富な内容を同時に重ね合わせた「虹の架け橋」となるはずである。
以上のような企画側の趣旨を、しかと受け止めて五人の方に健筆をふるっていただいた。
巻頭の和田進神戸大学名誉教授による「日本国憲法九条からみる北東アジアの非核化」は、玉城知事を生んだ沖縄新基地建設阻止のたたかいと米朝和解・朝鮮半島の平和実現の動きを踏まえて、憲法九条とそれを守ることの意義について論じていただいた。そこからは、九条改憲阻止とアジアの平和、核なき世界の実現、沖縄新基地建設阻止がわかちがたく結びついていることがわかるだろう。
続く大日方純夫早稲田大学教授の論文「東アジアの平和のための歴史認識の課題」では、東アジアの平和の実現のための課題について、諸国民の歴史認識の交流活動のなかから見えてくるものについて論じていただいた。そこで取り上げられている東アジアにおける「戦後」の構造の認識は、これからの平和構築にとって不可欠の前提である。
続いて、最近『日韓の占領管理体制の比較憲法的考察 東アジアと日本国憲法の定位』(日本評論社・二〇一八年)の大著を公刊された李京柱韓国仁荷大学教授に、「南北首脳会談と東アジアの平和」を執筆いただいた。アメリカとの同盟関係と基地受け入れで共通する韓国と日本が、南北首脳会談、米朝会談によって切り開かれた東アジアの平和実現の動きにおいて果たすべき役割について論ずることをお願いし、それに応えて「平和への架け橋を築く」ための日韓共同の課題を提示していただいた。
さて、ここまでくれば、東アジアの平和(Peace)実現に不可欠の(ある意味では最大の)「ピース」(Piece)であるアメリカの動向の把握は必須である。萩原伸次郎横浜国立大学名誉教授の「トランプ政権の対東アジア政策(Deal)のゆくえ」では、「ロシア・ゲート」その他さまざまな問題を抱えるトランプ米政権が進める東アジア政策の狙いと行方をどうみたらよいのか?、トランプの外交交渉(Deal)を読み解く視点とは?など、米中間選挙を前にした米朝交渉の行方などについて縦横に論じていだだいた。
企画の最後を飾る徳田博人琉球大学教授の「翁長県政を継承し沖縄を『平和の島』に」は、原稿をお願いした八月末時点での仮題のままのタイトルで執筆いただいた。瀬長亀次郎市長を誕生させた一九五七年一月の那覇市長選挙に匹敵する(と思われるがどうか)知事選での歴史的勝利の要因とその意義を日本国民全体がしっかりと受け止めて、辺野古新基地建設阻止の展望を切り拓くための視座が示されている。
なお、本特集とは別枠の連載企画「憲法九条実現のために〈19〉」では、本年八月四日に多くの参加者を得て開催された改憲問題対策法律家六団体連絡会主催の学習会の成果を、当日の講師の渡辺治一橋大学名誉教授(本協会元理事長)の校閲のもと、南典夫弁護士に「誌上再生」していただいた。より詳細にわたっては、近刊の労作、渡辺治著『戦後史のなかの安倍改憲』(新日本出版社・二〇一八年)をお読みいただくとして、そのダイジェスト版として参照を請う。安倍改憲阻止は、私たちができるアジアの平和への最大の寄与である。
「法と民主主義」編集委員会 小沢隆一
(白鴎大学法学部教授)伊藤 悟
21世紀は環境と情報の世紀であると言われてきた。まさに1990年代に、国連環境会議(1992年ストックホルム会議)の開催、マイクロソフトのWindows 95、インターネット展開があり、世界が環境問題への対応とコンピューター化へと進み、環境と情報の世紀という印象は地球市民レベルで認められてきた。税の分野でも、環境税(炭素税、廃棄物税)の創設、税務のコンピューター活用やIT・ICT導入などがなされてきた。環境問題への対応は遅々として進まず、地球環境は益々悪化している。これに対して、コンピューターの進化はすさまじい。パソコンは日常消耗品となり、電子政府も当然の進化である。北欧のエストニアでは税理士や会計士が不要とされるほど、国民番号制度を支えるデータ連携基盤X-roadによる管理が進み、電子政府の極限的展開がされていると聞く。
日本の税務も電子化(書面ではなく電磁的記録による事務処理)されて久しい。税務は電子化に最も適する分野である。税務の電子化は、簡単、便利、正確であり、効率的である。今後も発展していくことは当然であろう。確定申告は電子申告で行うという時代が来ているといえる。国税電子申告・納税システム(e-Tax)の利用率は、8割を超えないが、高い水準になってきている(平成30年8月国税庁発表)。そして、大法人(資本金1億円超法人)に対する電子申告の義務化が2020年からスタートする。
税務の電子化、電子政府は、科学技術の発展としての当為で、時流であり、止めることはできないものであろう。しかし、この時流は、租税法律主義を基本原則とする税法学の危機を感じさせる。
現在の税務電子化の法的根拠は、2000年の「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」(IT基本法)の制定、2002年の「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律」(情報通信技術利用法)の制定、これを受けての「国税関係法令に係る行政手続等における情報通信の技術の利用に関する省令」(2003年財務省令71号)にある。書面での申請等の大部分(財務省令3条、別表)は、事前届出に基づき、税務署長から識別符号および暗証符号が通知され、入出力用プログラムが提供され(同省令4条2項)、これをもって代替され実施されうる。
一つの財務省令が全税法律に規定される書面等の手続等を電子化(電磁的記録)している。このこと自体が租税法律主義から疑問である。電子申告等は、国民の利便性の向上を図るとともに、行政運営の簡素化及び効率化に資するものと考慮された技術である(情報通信技術利用法1条)。しかし、税法律の委任命令でもない財務省令により、税法律の手続法が支配されることは、租税法律主義論を展開しなくとも、異常である。ここに税法律なければ課税なしは、ない。
一国家の課税権は、基本的には、主権に属するものである。日本では、主権者国民と納税義務者国民との関係が租税法律関係となる。税法律は、国民代表により立法され、行政と裁判所により執行される。国民の課税主権は、税法立法権、税法行政権、税法裁判権として循環的に展開(立法機関への課税権委託インプット、税法律の立法による課税要件等法定アウトプット、納税者市民と行政・裁判所による課税・納税の実現アウトカム、これを受けての改正等立法へと再展開、一種のPDCAサイクル)される。この各段階の課税権に対する市民的コントロールが保障されていることは、民主主義的な税法運用と考えられる。
恩師の北野弘久先生は、近代法原則である租税法律主義を納税者の権利擁護の「道具」とすることで現代法としての北野税法学を展開した。租税法律主義の基本は、「法律なければ課税なし」である。入出力用プログラムは、法律ではない、主権者国民も内容を知らず、納税者市民を支配している。
IT時代の課税権に対する市民的コントロールを検討する時期は、今です。
(いとう さとる)
◆適用年齢についての議論はないまま
2017年2月9日、少年法の適用年齢を現行の20歳未満から18歳未満に引き下げることが法制審議会に諮問され、現在、少年法・刑事法部会で審議がすすめられています。
「少年法における『少年』の年齢を18歳未満とすること及び非行少年を含む犯罪者に対する処遇を一層充実させるための刑事法の整備の在り方について」がご審議の議題となっており、少年法の適用年齢だけではなく、懲役刑と禁錮刑の単一化、宣告猶予制度の新設など、成人の刑事法や刑事政策と幅広い内容が議論の対象となっています。
一方で、少年法の適用年齢引き下げの是非については、これまで本格的な議論が行われたことはありません。こうした議論のすすめ方を見ていると、引き下げの「結論ありき」で犯罪者全体の処遇が検討され、その結果をもって「年齢を引き下げても大丈夫だ」という結論が導かれるのではないか、との懸念が強まっています。
◆果たして「少年法の代替」になるのか
2017年9月以降は3つの分科会に分かれて検討がすすめられてきましたが、7月26日の第8回部会において、各分科会のこれまでの検討の取りまとめとして「分科会における検討結果(考えられる制度・施策の概要案)」が報告されました。
第1分科会では、若年受刑者に対する処遇内容及び処遇調査の充実が検討されており、その方向性は、少年院における矯正教育の手法を刑務所に導入し、処遇改善を図ろうとするものです。しかし、刑務作業を基本とする刑務所では教育の充実といっても限度があります。また、若年受刑者に対する処遇調査において少年鑑別所の鑑別機能を活用するとしていますが、その根拠や実効性も不明です。
第2分科会の検討の中では、「若年者に対する新たな処分」が検討されており、これを家庭裁判所が担うとしています。
しかし、この手続については、虞犯や警察の捜査で終わるいわゆる「署限り」の事案などは保護する必要性が高くても対象とならないのではないか、検察官の起訴・不起訴にかからせる制度で良いのか、少年法のもとで行われてきた教育的措置と同様の効果があるのかなど、現場の家裁調査官からも様々な疑問が出されています。
第3分科会では、検察官が一定の守るべき事項を設定した上で、保護観察官が指導・監督を行う制度(検察官が働きかけを行う制度)を新設し、対象とする被疑者の選定及び守るべき事項の設定は、必要に応じて、少年鑑別所の調査機能を活用することとしています。しかし、対象や守るべき事項について検察官に振り分けさせるのが相当か、裁判官による審理・決定なしに、検察官が強制的に少年鑑別所の調査を受けさせることや保護観察処分ができるのかという人権保障上の問題があります。
◆今こそ少年法の理念と役割を伝えよう
少年事件の現場で見る18・19歳は、社会的に未成熟である反面、進学・就職など成長の転機を迎える時期であって、外部からの働きかけの選択肢が広がり、少年法による更生の効果が非常に高い年齢だというのが現場の感覚です。
こうした審議状況について、朝日新聞は「少年法と年齢 引き下げありきの矛盾」と題した9月24日付けの社説で「今の制度はおおむね有効に機能しているというのが、現場の共通認識だ。にもかかわらず、引き下げありきで改正を論じる。その矛盾が議論の端々にのぞく」「この混迷ぶりは、今回の法制審の動きが、『改正のための改正』でしかないことを物語っているといえよう」と書いています。
全司法では、少年法の理念や、少年事件において家庭裁判所や家裁調査官の果たしている役割を正確に社会に伝え、適用年齢の引き下げに理由もメリットもないことを明らかにしていくことが重要になっていると考えています。
(全司法労働組合中央執行委員長 中矢正晴)