日本民主法律家協会

国家安全保障を名目として企業活動と学術研究の自由を制約し市民監視強化につながる経済安全保障推進法案の廃案を求める声明

2022年3月7日

デジタル監視社会に反対する法律家ネットワーク

1 経済安保法案の本質

 本年2月25日、経済安全保障推進法案(以下「経済安保法案」という。)が閣議決定された。その趣旨は、「国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化に伴い」「経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止す」べく、「安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進するため」とされている。
 この法案が「『国家』の安全」という軍事的概念を目的に登場したことに着目すべきである。先端技術の保護や外国からのサイバー攻撃を防ぐ必要性があるというのが表向きの目的である。しかし、経済安保法案は、米中対立を念頭に、従来の平和的経済交流路線を転換して中国などを仮想敵国視するものである。本年1月7日の日米外務防衛閣僚委員会(2+2)は、日米が中国を念頭に、「人工知能、機械学習、指向性エネルギー及び量子計算を含む重要な新興分野において、イノベーションを加速し、同盟が技術的優位性を確保する」「日米は、新興技術に関する協力を前進及び加速化」させ、「防衛分野におけるサプライチェーンの強化に関する協力」を行うとして、経済・科学技術分野における軍事同盟強化を宣言した。経済安保法案はそのための国内法整備を目的としている。

 

2 法案の4本柱とその危険性

 経済安保法案は、①特定重要物資の安定的な供給(サプライチェーン)の強化、② 外部からの攻撃に備えた基幹インフラ役務の重要設備の導入・維持管理等の委託の事前審査、③先端的な重要技術の研究開発の官民協力、④原子力や高度な武器に関する技術の特許非公開の4本柱で構成される。
(1)サプライチェーンの強化
 ①サプライチェーンの強化では、国民生活や経済活動に不可欠な物資を特定重要物資とし、国が工場整備や備蓄を財政・金融面で支援する。対象物資は政令で指定することになっており、半導体、レアアース医薬品などが想定される。これらの物資を扱う事業者に対して、生産や輸入、調達や保管状況について国が調査する権限を持つ。
 しかし、国民の生存に必要不可欠な物資の供給を強化するという目的を掲げながら、具体策は明らかではない。サプライチェーン強化を名目として、大企業に対する巨額の公的資金の投入が進んだり、輸入制限による対抗的措置への誘因となるなど保護貿易主義に傾斜したり、企業活動に対して過度に介入・統制する等のおそれがある。
(2)基幹インフラへの監視・統制と企業の自由な経済活動の阻害
 ②基幹インフラの事前審査では、電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車運送、外交貨物、航空、空港、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカードの14分野が対象となる。これらの分野の事業者が重要な設備やデータの保全を「わが国の外部」に依存しないよう事前に審査をすることとされ、その審査のために企業には「導入計画書」の提出を義務づけ、違反した場合は「2年以下の懲役か100万円以下の罰金」を科している。
 しかし、審査に関しては、その対象となる具体的な事業者が「省令で定める基準に該当する者」とあるだけで、ここに言われる「わが国の外部」には法律上定義がなく、どのような基準の下に選ばれて具体的にどこの国なのか、また、書面でどのような審査を行うのかも不透明である。事業者にとっては不透明な中での経済活動を迫られるものであり、政府による恣意的な審査が、設備投資などの経営判断に影響を与えかねず、民間企業の自由な経済活動(憲法22条1項)が著しく制約されることとなる。また、中国との貿易が対象とされるのであれば、中小零細企業も含めてわが国の経済への影響は計り知れない。さらに、情報通信や放送の自由が制約される危険もある。
(3)特定重要技術開発支援と軍事研究開発
 ③先端的な重要技術の研究開発の官民協力については、基本指針を策定して、同指針に基づき、特定重要技術(先端的な技術のうち研究開発情報の外部からの不当な利用や、当該技術により外部から行われる妨害等により、国家及び国民の安全を損なう事態を生ずる恐れがあるもの)の研究開発等に対し、必要な情報提供・資金支援等を実施するとされる。
 また、官民パートナーシップと称して、特定重要技術の研究開発等を代表する者と研究開発大臣(「科学技術・イノベーション創出活性化法」により国の資金を交付する各大臣)により構成される「協議会」を設置するとされている。
 しかし、「協議会」の設置は、軍事技術につながる特定重要技術の研究開発を予算を通じて国家が一元的に管理・統制するシステムとなるおそれがある。歯止めのない軍事研究開発の推進へと繋がりかねず、憲法9条との相克が問題となるのみならず、軍事研究に警鐘を鳴らす学術会議の影響力を削ごうとするものであって、国家が学術研究の内容に介入することにより学問の自由(憲法23条)を侵害するおそれがある。
(4)特許出願の非公開
 ④高度な武器に関する技術の特許非公開については、「公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が含まれ得る技術分野として政令で定めるもの(核技術、先進武器技術等を政令指定)に属する発明」が記載されている特許出願につき、出願公開等の手続を留保するとともに、その間、必要な情報保全措置を講じることで、特許手続きを通じた機微な技術の公開や情報流出を防止するとされる。
 しかし、規制の対象が政令に白紙委任されている問題に加えて、先端技術や特許への政府の介入は、技術開発情報の政府AIによる管理統制や、安全保障を理由とする研究発表の禁止、研究交流への規制など学術研究の自由の侵害や研究者の個人情報の収集管理によるプライバシ―侵害と軍事研究に対する総動員体制の構築などの危険がある。
 「研究や技術開発が軍事に吸い上げられれば、それは非公開となり、その成果や特許も当然ながら非公開となる。特許非公開にかかわる研究の発表差し止めは、研究の自由を侵害L、研究交流を制約し、学術の発展を阻害する可能性が大きい。」「国際的な研究交流を阻害し、大学・研究諸機関・企業の諸活動を大きく制約する。また、研究者を萎縮させ、人権を侵害しかねない。」(「世界」3月号井原聡「動員される化学・技術と研究者」)。

 

3 経済安保法案の危険性を先取りした大川原化工機事件

 経済安保法案の危険性を先取りしたような刑事事件がすでに発生している。「大川原化工機」事件である。この事件の捜査にあたった警視庁公安部は、2020年3月生物兵器に転用可能な機器を中国、韓国に不正輸出したとして同社社長ら3名を逮捕し、1年近く保釈も認めず勾留したが、東京地検は、2021年7月第1回公判の4日前になって起訴を取り消すという異例の事態となった。東京地裁は、3名の長期の勾留に対し計1130万円の刑事補償の支払いを2021年12月に決定した。
 2022年3月号の『世界』に掲載された青木理氏の「町工場対公安警察」には、警察の思惑によって、経済産業省も軍事転用可能とは考えていなかった技術が不正輸出にでっち上げられていった過程が、克明にルポされている。その中で、この事件の弁護人である高田剛弁護士は次のように述べている。「外事部門の存在意義をアピールする思惑は明らかに大きかった。それに『経済安保』です。あまり知られていませんが、日本は2017年に外為法を改正して罰金の上限を大幅に引きあげ、公安部は大川原化工機の事件に初適用しようとした。背景にはNSS(国家安全保障局)に経済班が新設されたーことも横たわっていて、それに合わせて公安部は大川原化工機の強制捜査に乗り出した。多少無茶でも外事部門の存在感をアピールし、同時に中国などへの戦略物資輸出に警鐘を鳴らす思惑があったのでしょう。」
 この事件は、日本経済を先進的な技術で支えてきた良心的な中小企業が中国を敵国視する経済安保政策と公安警察の生贄とされたものといえ、法案の危険性を如実に示しているといえる。

 

4 経済安保法案の廃案を求める

 安全保障という領域は一般的に、国の専管事項とされている。であれば、経済安保の国策が通常の経済・産業政策をも規律する場合、官民の関係は当然、従来とは大きく変質せざるを得ない。官民の関係が対等な関係から主従関係へ移行することは、企業の活力をそぎ落としてしまう危険を有する。そのことは、経済の発展そのものを大きく阻害する危険性がある。
 また、安倍政権下で内閣官房に設置され、諜報機関としての性格が強いとされる国家安全保障局(NSS)が、2020年4月「経済班」を組織した。そして、諜報的思想の下、安倍政権時代に特定秘密保護法や共謀罪創設のための法律が制定され、菅政権時代に「マイナンバー」を重用し、各省庁の保有する全国民の個人情報を連結させる「デジタル庁」が発足し、更には、基地や原発周辺、国境離島の土地取引の監視を名目に市民を監視する重要土地規制法も制定された。
 岸田政権の進める「経済安保」も、このような流れに沿っていることは明らかであり、その軍事的指向は脈々と受け継がれ、むしろ拡大している。そして、今、権力による経済活動と学術研究、そして人間の活動そのものへの監視・統制が、「経済安保」の名の下に正当化される危険が生じているのである。
 以上のことから、私たちは、憲法の平和主義と基本的人権の保障の原理に反する経済安保法案に強く反対し、その廃案を求めるものである。

 

以上