2022年4月6日
改憲問題対策法律家6団体連絡会
社会文化法律センター 共同代表理事 海渡 雄一
自由法曹団 団長 吉田 健一
青年法律家協会弁護士学者合同部会 議長 上野 格
日本国際法律家協会 会長 大熊 政一
日本反核法律家協会 会長 大久保賢一
日本民主法律家協会 理事長 新倉 修
今通常国会における衆議院憲法審査会は、予算審議中の2月10日に始まり、これまでほぼ毎週開催という異例ずくめの展開となっている。新型コロナ感染拡大を受けて、早急にオンラインによる国会審議について議論等が必要として始まった衆議院憲法審査会は、現在、自民、公明、維新の会、国民民主などの改憲推進派委員が一体となって、感染症や大災害、ロシアのウクライナ侵攻のような国家有事に備えて憲法に緊急事態条項を創設すべきとする議論を口々に語り、まずは緊急事態下における国会議員の任期延長についての意見のとりまとめを行うべきなどとの発言も出ている。
改憲問題対策法律家6団体連絡会は、安倍首相当時にとりまとめられた自民党改憲4項目案(①憲法9条に自衛隊明記②緊急事態条項の新設③合区解消④教育充実)に一貫して反対してきたが、今般、あらためて緊急事態条項の創設をはじめとする改憲案に強く反対するとともに、主権者を蔑ろにして衆議院憲法審査会で進められている改憲論議に抗議をするものである。
自民党らの狙う緊急事態条項は、9条改憲とあいまって戦争などの緊急事態において、国権の最高機関である国会の立法権を奪い、内閣や首相が独裁的に国民の人権制限を行うことを可能にするものである。緊急事態条項は、立憲的な憲法秩序を一時的にせよ停止し、行政府への権力の集中と強化を図って国家・政権の危機を乗り切ろうとするもので、立憲主義と民主主義を破壊する大きな危険性を持つ。
「民主政治を徹底させて国民の権利を十分擁護致します為には、左様な場合の政府一存に於いて行いまする処置は、極力之を防止しなければならぬのであります。言葉を非常と云ふことに藉りて、その大いなる途を残して置きますなら、どんなに精緻なる憲法を定めましても、口実を其処に入れて又破壊せられる虞れ絶無とは断言し難い」(第90回帝国議会:金森徳次郎国務大臣答弁)として、憲法はあえて緊急事態条項を設けていないのであって、その意味を重んじるべきである。
戦争・内乱・大規模自然災害・パンデミックなどの対応については、すでに充分な法律が整備されており、憲法に緊急事態条項を置く必要性はない。すでにある法律でもし足りないところがあれば、それを議論して法改正を行うことこそが国会議員の責務である。金森国務大臣も答弁している通り、何より重要なことは実際に予想できる特殊な緊急事態に備えて、平素から対応を考えて準備をしておくということである。そのために、立法及び法律改正が必要であれば、濫用の虞れがないよう十分に国会で審議を尽くして、法令を完備しておくことこそが重要である。国会議員のこれらの責務を放棄し、あるいは国会議員にはその能力がないと認めて、内閣に白紙委任するような改憲を口にすること自体、国会議員として許されない行為である。
また、神戸や東日本大震災並びに新型コロナ感染拡大などの経験から言われていることは、せっかく高度に整備された法制度があるにもかかわらず、平時から災害やパンデミックに備えた事前の準備がほとんどなされていないためにそれをうまく運用できなかったという点である。その点の検証と改善こそが緊急に必要なのであり、改憲議論は不要であるばかりか、災害やパンデミックから国民の命を守るために真に必要な国会での議論を阻害しかねないのであって有害である。
大規模災害等で選挙ができないと国会議員が不在となって国会の機能が維持できないから、国会議員の任期延長を認める改憲が必要であるなどの議論がなされている。
憲法は「参議院議員の任期は、6年とし、3年ごとに議員の半数を改選する。」(憲法46条)。したがって、参議院議員が同院の定足数(総議員の3分の1;憲法56条1項)を欠くことはない。衆議院の解散後に緊急事態が発生した場合には、参議院の緊急集会(憲法54条2項但書)を開催し緊急事態に対応することは可能である。憲法はそのような事態をも想定して参議院の緊急集会を規定している。
衆議院議員の任期満了の場合について憲法54条2項但書の類推適用が認められるかについては、学説上は肯定説が有力である。もっとも、この点については、任期満了により選挙ができないような状況が生じないよう、任期満了までに必ず衆議院選挙を行うような公職選挙法31条等の改正で解決できるのであって、そもそも改憲は不要である。必要な法改正をすぐに行えば済むことである。
以上のとおり、憲法は国会の機能が常に維持できる体系を用意しているのである。改憲推進派は、日本全土が沈没して選挙が実施できないような極端な事態を想定して任期延長改憲が必要と主張するが、そのような極端な事例を出して議論すると「間違う危険性が強い」(本年2月24日高橋和之東大名誉教授)。「何よりも重要なのは、憲法に手を付ける前に、まず、緊急時における対応についての法制を準備しておくということではないか」(同日只野雅人一橋大学大学院教授)。こうした憲法研究者の意見は重要であり、その意味を理解しないで軽々に扱うことは許されない。
選挙が実施できない地域では繰延投票制度(公職選挙法57条)を利用すれば済む。また、日本弁護士連合会が、2017年12月22日付「大規模災害に備えるために公職選挙法の改正を求める意見書」で提言するように、①平時から選挙人名簿のバックアップを取ることを法的に義務付けること、②避難所又は避難先で被災者が元の住所を入力することで、被災者の所在地を把握できる仕組みを構築すること、③大規模災害が発生した場合でも実施できる選挙制度の創設として、ア指定港における船員の不在者投票類似の制度の創設、イ郵便投票制度の要件緩和など、先ずは公選法改正で対応できることをやるべきである。
国会議員の任期延長は、国民固有の権利(憲法15条1項)である選挙の機会を奪うということであり、民主政治の根幹を揺るがしかねない。
任期延長とその期間を決めるのが国会議員自身または内閣であるとすれば、自らの地位延命のために、あるいは、政権や国会多数派にとって不利な時期の選挙を避けるために任期延長をはかるといったご都合主義、お手盛りの危険が常につきまとうのであり、国会議員自らが軽々に任期延長の議論をすること自体、厳に慎むべきものである。わが国では1941年に衆議院議員の任期が任期満了前に立法措置により1年間延期されたことがある。選挙を行うと「挙国一致防衛国家体制の整備を邁進しようとする決意について、疑いを起こさしめぬとも限らぬ」からという理由で選挙が延期され、その間に真珠湾攻撃を行い非戦論を封じてアメリカ・連合軍との無謀な戦争に突入したのである。この教訓が端的に示すとおり、緊急の事態にあっては、むしろ民主政治を徹底し国民の審判の機会を保障することこそが必要である。
しかも、国会議員の任期を延長したからといって国会が開かれる保証はない。改憲派の狙いは選挙を避けて権力を温存したうえで緊急政令等の内閣・首相の独裁で政治を行うことにあるとみるのが正確であろう。憲法53条の国会召集要求をコロナ禍でさえも2回にわたって無視するような自公政権を見ればこの危険は一層の現実味を持つと言えよう。
緊急事態における国会議員の任期延長は、以上のとおり、国民主権・民主主義の根幹にかかわる議論であり、権力による濫用の危険が極めて高く、立憲主義を破壊する危険がある。憲法審査会で軽々に議論をして、しかも多数決で「とりまとめ」るなどといった暴挙は、絶対に許されない。
任期延長の議論のとりまとめが済めば、次は、緊急政令と人権制限、憲法9条の改憲議論に突き進むことは、現状の改憲派の動静から見て明らかである。
わたしたち改憲問題対策法律家6団体連絡会は、コロナ禍で多くの市民が苦しむ中、民主主義と立憲主義を葬りかねないような議論が衆議院憲法審査会で行われていることに強く抗議するとともに、緊急事態下における国会議員の任期延長についての意見のとりまとめを行うことに対しては断固反対するものである。
以上