日本民主法律家協会

安倍晋三元首相の「国葬」に反対する

 

1 安倍氏の銃撃と死去

 今月8日、安倍晋三元首相が遊説先の奈良市内で街頭演説中に銃撃され死亡する事件が生じた。同日、犯行の動機や背景は一切明らかになっていない段階で、当協会は、「言論を封殺する暴力行為は断じて許されない」とする立場から、この蛮行を糾弾する声明を発し、併せて「安倍氏のご冥福を心よりお祈りする」旨の弔意を表明した。
 その後、銃撃犯の供述とされる報道からは、犯行の動機については思いがけない展開を見せてはいるが、当協会の今月8日付声明の立場にはいささかの変更もないことを確認しておきたい。

 

2 安倍氏への疑惑追及の手を緩めてはならない

 しかし、死者への弔意を表明することは、けっして当該人物の生前の業績を称賛するものでも美化するものでもない。当協会は、憲法「改正」を主とする数多くの政治課題において安倍氏を厳しく批判し対決する立場を貫いてきた。また、その政治家としての廉潔性を欠いた姿勢や目に余る国会での虚偽答弁を批判し、安倍氏にまつわる「モリ・カケ・桜」など数々の疑惑の解明に努力を重ねてもきた。安倍氏が亡くなったことで、安倍氏に対する批判や疑惑追及の姿勢を緩めるようなことはない。さらに、本件犯行の動機とされている旧統一教会と安倍氏の関係の徹底解明も、新たな課題として疎かにしない。
 このことは、当協会のみならず多くの人々の共通の思いであろう。

 

3 国論を二分させた政治家への国葬は国民的同意を得られない

 ところが、7月14日、岸田文雄首相は記者会見において、まことに唐突に「今秋、安倍氏の葬儀を国葬儀として行う」と発表した。その理由については、「(安倍氏の)ご功績は誠に素晴らしいもの」とした上で、「国葬儀を執り行うことで、我が国は暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜くという決意を示していく」と述べている。さらに、同月20日、政府は9月27日に安倍氏の国葬を行う予定であると発表し、明日にも閣議決定すると言われている。
 こうした国葬は、安倍氏とその政治路線を賛美するものとなり、その批判を封じる効果をもたらすことになる。とうてい納得し得ない。
 安倍氏ほど毀誉褒貶激しい人物は他にないであろう。安倍氏について、特定の政治的立場からは「ご功績は誠に素晴らしいもの」とされることはあっても、けっしてこうした評価が全国的な国民的同意を得ることはない。むしろ、安倍氏は国民の政治的意見分断を象徴する政治家として記憶される人物である。
 また、本件犯行の動機が特定の政治的主張に基づくものでないことが、ほぼ判明した今、国葬の実行が「民主主義を断固として守り抜く」ことになるという論理にはなんの説得力もない。安倍氏の死を政治的に利用しようとの意図が色濃く浮かび上がる。

 

4 国葬の法的根拠は欠如している

 戦前、勅令として制定された「国葬令」は日本国憲法施行の際に失効しており、その後立法の気運はない。従って、国葬を行うべき法的根拠に欠ける。
 岸田首相は、内閣府設置法上の「国の儀式」に当たることを法的根拠としているようだが牽強付会というほかない。組織法である内閣府設置法第4条(所掌事務)第3項は、「内閣府は、…次に掲げる事務をつかさどる」として、第三十三号に「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること(他省の所掌に属するものを除く。)」としている。これは、内閣府が「(他省の所掌に属しない)儀式」についての分掌の規定に過ぎず、この条文を根拠として、政府が「国葬」を行うことはできない。
 なお、政府が、国葬ないしはそれに準ずる儀式を行うとすれば、まず「全国民を代表する選挙された議員」(憲法43条1項)で組織された国会に諮って、国民の目の前で賛否両論の議論をつくすのが当然であり、この議論こそが「民主主義を断固として守り抜く」にふさわしい。この手続きを欠いた「国葬」は、一党一派に国の権威を付与し、国費を掠めとろうとするものとの批判を免れない。

 

5 国葬への国費支出は国民の思想信条の自由を侵害する

 また、国葬は全国民に安倍氏に対する弔意を求めるものとならざるを得ない。その費用を国費から支出する点においては、全国民に対して弔意に伴う経済的な負担を強制することにもなる。いうまでもなく、安倍氏とは自由民主党という保守派の特定政党の党首であった人物であり、日本国憲法の「改正」を最も強く主張してきた政治家でもある。
 その政治家の国葬を行うことは、全国民に対して、特定の政治的立場をもった人物への弔意を求めることであり、費用の負担を通じて弔意を強制することでもある。これは、憲法が全国民に保障する思想良心の自由(憲法第19条)を、政府(行政権)自らが侵害することにほかならない。
 政府には、特定政党への政治献金のための特別会費強制徴収決議を無効とした、南九州税理士会事件における1996年3月19日最高裁判決の次の説示(要約)に、真摯に耳を傾けていただきたい。
 「強制加入の税理士会の会員には、様々の思想・信条及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている。したがって、税理士会の活動にも、会員に要請される協力義務にも、おのずから限界がある」
 もとより、国民には思想良心の自由が保障されている。日本国憲法の理念を普遍的な価値とする信条を持つ者、とりわけ憲法的理念を自らの人格の中枢に位置すると自覚する者にとっては、憲法をないがしろにし、憲法「改正」を先頭に立って主張してきた安倍氏に対して、礼賛の儀式を国が行うことに耐えがたい苦痛を禁じえない。政府による国葬の強行は違憲・違法のおそれ濃厚と言わねばならない。

 

6 国葬の実施により、人権は制約され、安倍氏への追及も抑制されかねない

 国葬が実施されれば、歌舞音曲の「自粛」が強制され、交通規制や立入規制が行われ、表現の自由や集会・行動の自由(憲法第21条)が抑圧されることになりかねない。そして、このような憲法上大いに問題である「国葬」が「適法な公務」として執行されることになるので、これに抵抗することや反対することが「公務執行妨害」として犯罪とされるおそれも否めない。
 さらに、国葬を通じて安倍氏の礼賛がなされることによって、安倍氏に対する批判や疑惑追及が規制されるおそれがあり、この点からも表現の自由・集会の自由が正当な理由なく抑制され、萎縮させられるおそれがある。

 

7 安倍氏の国葬に反対する

 当協会は、以上の理由で安倍氏の国葬に強く反対する。
 これから犯行の背景が解明され、事実関係が明らかになるにつれて様々な意見が活発になることが想定される状況において、国葬を強行することは、これらの多様な意見の表出を抑圧することになる。したがって国葬の強行は、国民世論を分裂させ、大きな混乱をもたらすおそれは否めない。
 私たち日本民主法律家協会は、政府に対して、すみやかに国葬の予定を撤回し、また閣議決定をしないよう強く求めるものである。

 

以上

 

2022年7月21日

日本民主法律家協会 理事長 新倉  修
          事務局長 大山 勇一