2022年10月3日
改憲問題対策法律家6団体連絡会
社会文化法律センター 共同代表理事 海渡雄一
自由法曹団 団長 吉田 健一
青年法律家協会弁護士学者合同部会 議長 笹山 尚人
日本国際法律家協会 会長 大熊 政一
日本反核法律家協会 会長 大久保賢一
日本民主法律家協会 理事長 新倉 修修
国葬の実施に関しては、これまで広範な市民と政党、市民団体、学会、法曹界、労働組合、宗教団体、首長・地方議会をはじめとした各界・各団体からその違憲性・不当性・不適切性が指摘されてきた。国葬反対・中止の声は日増しに高まり(9月5日の時点で40万4258筆、重複を除いた署名数は約28万人分)、最新の世論調査においては反対が6割を越していた。にもかかわらず、岸田内閣は当初の決定をまったく見直さず、9月27日に安倍晋三元首相の国葬を強行した。私たち改憲問題対策法律家6団体連絡会は、国葬実施の強行に対してここに強く抗議の意を表明するものである。
日本国憲法制定時に国葬令は廃止され、国葬には法的根拠がない。そうであるからこそ、吉田茂元首相の国葬に際しては、「根拠になる法律もなく苦労した」と塚原敏郎総務長官(当時)が述懐しており、佐藤栄作元首相の国葬が検討された際には、「法的根拠が明確でない」とする内閣法制局の見解等によって国葬は実施されなかった。
岸田内閣は、法的根拠がないとする批判に対して、内閣設置法第4条第3項第33号をあげるが、同法は内閣府が分掌する事務を定めたものであり、国葬の実施を内閣に授権する規範ではない。立憲主義の下では、内閣をはじめとした国家機関は法律が授権していないことはできない(法律に基づく行政の原則)。閣議決定のみにより国葬を実施した岸田内閣の行為は、法治主義・立憲主義に違反する。内閣が安倍氏の国葬を適当と考えるならば、早期に国会を召集し「国葬法案」を国会に提出するなどして、憲法に違反しない国葬がありうるのか、いかなる基準によって国葬とする人物を決めるのか、安倍氏はそれにふさわしいのか等々を徹底的に審議するのが民主主義の基本である。
しかるに、岸田内閣は、野党の臨時国会召集要求に応じることもなく、衆参両院の議院運営委員会においてきわめて短時間の閉会中審査で不十分な説明しか行なわなかった。これは、国権の最高機関である国会を軽視し(憲法41条)、議員の臨時会召集要求に応じる内閣の義務にも反するものであった(憲法53条)。
(1)そもそも、日本国憲法制定時に国葬令が撤廃された理由は、国葬が日本国憲法の定める国民主権と基本的人権の尊重に反するからであった。明治憲法下で国葬は、「国葬令」に基づき、皇族と「国家に偉勲あるもの」に対して天皇の思し召しにより実施されてきたが、日本国憲法の下では平等原則を規定した14条に反するものである。また、国家は個人の死の意味付けをしてはならず、個人の生と死を評価し価値づけることについて抑制的でなければならない。誰に弔意を表すかは個人の決定すべき問題である。政府による国葬の強行は、なによりも個人の判断を尊重しようとしている憲法13条の個人の尊重原理に背反する。
(2)さらに内閣は、国葬実施にあたって積算根拠のない金額を予備費から支出した。日本国憲法 87 条では「予見し難い予算の不足に充てるため、国会の議決に基いて予備費を設け、内閣の責任で」支出できると規定している。しかし、閣議決定のみに基づく、法的根拠のない予備費の支出はできないし、法的根拠はそもそも合憲のものでなければならない。予備費は本来は大災害、コロナ対応等の不測の事態にあてるべきであり、国会での審議を経ずに国葬費用を予備費から支出することは、憲法83条の定める財政立憲主義・財政民主主義に違反する。
(3) 多くの国葬反対声明において、国葬時の学校現場・各種官公庁・裁判所・地方自治体などにおける弔意の強制(黙祷)、半旗・弔旗の掲揚、記帳台の設置に関して、数多くの指摘がなされていた。人の死を悼み弔うという個人の内心における精神的営みに国家権力は介入してはならない。国葬による押し付けは憲法19条の保障する思想・良心の自由に反し、弔意の強制は憲法20条の信教の自由にも抵触する。また、政治家の政治的言動を活発に論評する思想の自由市場にも萎縮的効果を及ぼし、憲法21条の表現の自由の侵害のおそれもある。
さらに、教育委員会による半旗の依頼・伝達は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動を禁じている教育基本法14条2項に反し、教育が不当な支配に服することなく公正かつ適切な教育行政の実施を規定する同法16条1項に違反することも懸念されていた。
岸田首相は「国民一人一人に弔意の表明を強制するものではなく、喪に服することも求めない」(9月8日)と述べながら、他方で、各府省庁幹部らで構成する葬儀実行幹事会では、9月27日の国葬当日、各府省において弔旗を掲揚するとともに黙とうすることを確認した(8月31日)。その結果、国葬当日には国の府省と沖縄県を除く46の都道府県・川崎市を除く19の政令指定都市が半旗・弔旗を掲揚した。茨城県では、3市で黙祷が呼びかけられ、山口県教育委員会は県立学校に国旗と県旗を半旗にして弔意を表すよう求める通知を出し、それに応じた県立高校があった。また福井県敦賀市、神奈川県葉山町、茨城県桜川市では庁舎内に記帳所が設置されたことが報道されている。
また、長野・静岡・宮崎・佐賀・沖縄県を除く42名の知事が、国葬参列の公金支出差し止めなどを求めた住民監査請求を無視して国葬に参列した。これらの違憲・違法な行為が数多くなされたことは遺憾であり、強く抗議の意を表明する。
(4)当日の国葬も、一方的な安倍政治の賞賛に終始した「生前のお姿」の放映、冒頭の黙祷中の軍歌「国の鎮め」、勅使・皇后宮使が拝礼する際の「悠遠なる皇御国」の演奏、勅使・皇后宮使、上皇使・上皇宮使の拝礼、秋篠宮以下の皇族の供花、その後の参列者の献花といった式次第で進行し、軍国主義・国家神道時代の遺制と天皇主権を彷彿とさせるものであって、国民主権と平和主義という日本国憲法の基本原則に抵触する可能性が高いものであった。
岸田政権は、国葬を強行することにより、安倍元首相を「顕彰」しその功績を称えることにより、安倍政治への批判を封じることも企図していたといえる。しかし、安倍元首相は、カルト宗教団体である旧統一協会と長らく密接な関係を有し、安倍派をはじめとした関連政治家と旧統一協会との相互協力、選挙運動支援などを指示・指令してきた中心人物に他ならない。旧統一協会は伝道・教化される側の信教の自由を侵害し、多額の献金によって信者とその家族を経済的に破綻させ、信者を違法行為に隷従させてきた。にもかかわらず、自民党は旧統一協会と安倍元首相との関係については「点検」の対象外としたまま、安倍政治を美化・賞賛するために国葬を強行したのである。
私たちは、ここに、自民党が政治家とカルト宗教団体との構造的癒着を徹底的に解明し、国会が今回の国葬に関して国政調査を行なって内閣の責任を追及し、国費支出に関する統制を厳格に行うことを求める。それとともに、8年8か月に及ぶ「安倍政治」の持続的な検証を行い、安倍政治によって破壊されてきた立憲主義・民主主義・平和主義の再建と確立のための真摯な議論を国会において行うことを強く求める。私たち法律家団体も、今後とも立憲主義回復のための努力を続けていく決意を明らかにする。
以上