2022年12月27日
改憲問題対策法律家6団体連絡会
社会文化法律センター 共同代表理事 海渡 雄一
自由法曹団 団長 岩田研二郎
青年法律家協会弁護士学者合同部会 議長 笹山 尚人
日本国際法律家協会 会長 大熊 政一
日本反核法律家協会 会長 大久保賢一
日本民主法律家協会 理事長 新倉 修
本年12月16日夕刻、政府は、安保関連三文書(国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画)を改定することを閣議決定した。改定は、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を容認し、軍事費が5年間で計43兆円の大幅増が明示されるなど、憲法9条に基づく専守防衛を改め日本の安全保障政策を大きく転換するものである。
改憲問題対策法律家6団体連絡会は、今回の閣議決定に対し強く反対し抗議する。
(1)敵基地攻撃能力の保有は憲法9条に違反する
日本は先の大戦において、中国などを侵略し、真珠湾への奇襲攻撃により泥沼のアジア太平洋戦争に突入し、自国及び他国に対し多くの惨禍をもたらした反省から、2度と政府の行為によって戦争の惨禍を繰り返さないと決意して(憲法前文1項前段)、憲法9条が、戦争放棄(1項)、戦力不保持(2項前段)、交戦権の否認(2項後段)を定めた。
敵基地攻撃は、相手国の武力行使の着手の認定が困難で、国際法上違反とされる「先制攻撃」に繋がる現実的危険性が十分にあり、「自衛のための必要最小限度」を超えた武力行使を認めるものであり、憲法9条1項に反する。加えて、仮に日本が敵基地をミサイルで攻撃すれば、敵国もミサイルで日本を反撃することになり、全面戦争に発展する蓋然性が高い。このような事態を招来する敵基地攻撃能力は、「自衛のための必要最小限度」を超えた武力行使を認めるものであり、「国際紛争を解決する手段」として戦争を放棄した憲法9条1項、「国の交戦権は、これを認めない。」とした憲法9条2項後段に違反する。
さらに、戦力不保持に関して、政府は、「他国に侵略的攻撃的脅威を与えるような装備」については憲法上保持できないと説明してきた(1988年4月6日参議院予算委員会、瓦力防衛庁長官)。今回の閣議決定は、まさに「他国に侵略的攻撃的脅威を与える」装備の導入を認めるものであり、憲法9条2項前段の戦力不保持に反する。
(2)「抑止の虚妄」 敵基地攻撃能力の保有は、東アジアの緊張関係を強めるだけ
敵基地攻撃能力の保有によって、スタンド・オフミサイルなどの長距離攻撃 が可能な兵器を保有し、東アジアを攻撃の射程内に入れることになる。中国、朝鮮をはじめとする東アジア諸国は、日本を警戒し、東アジアにおける緊張関係はさらに高まる。
安保関連三文書改定を受けて、中国外務省の報道官は、「中日両国関係で日本が約束したことや合意を無視して中国を中傷し続けている。断固として反対する」と述べ、外交ルートを通じて日本側に抗議をした。韓国メディアは、日本のことを「事実上戦争が可能な国家に変貌した。東アジアの軍備競争をさらに激化させ、緊張を高める」、「憲法9条を完全に無力化する内容」と警戒し、韓国も自らを強くする努力が必要だと主張する。
日本が、東アジア諸国に対して軍事的圧力を高めていくことは、決して戦争の抑止にはならず、むしろ果てしない軍拡競争を招くなど、軍事的衝突の危険を高めるものであり、安全保障上も失策であると言わざるを得ない。
(3)安保関連三文書改定は、日本が戦争する危険を飛躍的に高める
日米同盟における米国と日本との関係は、これまで「矛と盾」との関係と説明されていた。しかし、近年米国が、自国の負担を減らし日本のさらなるコミットメント(矛の役割)を求めていることは周知の事実である。バイデン政権は、本年10月に公表した「国家安全保障戦略」の中で、「唯一の競争相手」と位置づける中国への対抗措置を最優先課題に掲げており、日本の安保関連三文書改定も、アメリカの対中戦略に基づいて改定されたことは明らかである。改定された三文書は、中国を「深刻な懸念」「強い懸念」と位置づけ、日本が矛の役割を積極的に担い、攻撃兵器の保有・配備により中国を抑止し、抑止が破れた場合には、日米共同軍事計画に基づき、南西諸島や九州地方をはじめとする我が国の本土を軍事拠点とし、自衛隊が米軍の指揮のもとに米軍と一体となって中国と戦争をすることを想定している。また、核を含むあらゆる能力によって裏打ちされた米国による拡大抑止の提供を含む日米同盟の抑止力と対処力を一層強化するとして、平時から日米同盟調整メカニズムを「発展」させ、日米のより高度かつ実践的な共同軍事訓練や日米の基地の共同使用の増加に努めるほか、空港、港湾等の公共インフラの軍事利用体制整備、産学連携の軍事研究開発に取り組むとしている。
2015年9月19日、国民の反対の中で成立した安保法制の下では、台湾有事をめぐり米中に武力紛争が起きれば、政府は「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生した」として存立危機事態を認定し、自衛隊が集団的自衛権に基づき米中の戦争に参戦することとなる。そうなれば、真っ先に南西諸島や九州のみならず日本本土が中国の反撃を受けて取返しのつかない甚大な被害を被ることとなる。安保法制に加えて、敵基地攻撃能力保有の政策の大転換は、日本が米中戦争の当事国となる危険を飛躍的に高めることとなる。
(1)軍事費を2倍にしても安全にはならない
安保関連三文書改定によって、軍事費が5年間で計43兆円の大幅増が明示された。この大幅増が実現すれば、軍事費はGDP比2%の水準となり、日本の軍事費は米国、中国に次ぐ第3位の規模となる。
かつて日本は、平和主義憲法に基づき、軍事大国とはならないことを示すために軍事費をGDPの1%内としてきたが、それが近隣諸国に安心を与え平和の構築に寄与してきた。この制約を根本的に取り払いGDP比2%の軍事費を捻出したとしても、中国の現状の軍事費とはまだ3倍近い差がある。他方、中国は日本の5倍程度のGDPを有しているため、日本が軍事費を増額するならそれに対抗して、容易に自国の軍事費を増やすことができる。
軍拡は、相手国のさらなる軍事の拡大を招くだけであって、軍拡によっては永遠に安全を得られない。
(2)軍事国家化は、福祉国家と基本的人権の尊重の原則にも影響を与える
安保関連三文書改定によって、今後5年間の軍事費の総額がこれまでの1.6倍にあたる43兆円程度とされた。この莫大な軍事費は、経済成長が大きく見込まれない日本においては、増税、国債、文教・福祉予算等の歳出削減によって賄う以外に方法はない。
前代未聞の軍事費拡大は、福祉国家を崩し、国民に貧困と苦難を強いる。まさに「軍栄えて民滅ぶ」という事態を招きかねないものである。
今回の安保関連三文書改定は、「専守防衛」を名実ともに完全に破棄する安全保障政策を大転換するものであり、前記のとおり敵基地攻撃能力の保有は、憲法9条に違反する。本来ならば、憲法改正手続きに拠らなければ変えられないことであり、今回の閣議決定は、実質的改憲にほかならず、立憲民主主義の基本に反する暴挙である。
また、軍事費の大幅増額によって国の財政の在り方も大きく変更し、国民生活に現実的かつ大きな影響を与えるものである。そうであるならば、国民生活の実態を踏まえた上で、少なくとも国会での十分な審議が必要であることは明らかである。
憲法の平和主義、憲法9条に反し、近隣諸国との緊張を高め、戦争のリスクを増大させる今回の安保関連三文書改定閣議決定は、撤回されるべきである。
平和主義憲法に基づく独自の安全保障政策を展開し、東アジアの平和構築に積極的に貢献するとともに、社会保障費、教育予算、物価対策、子育て関連費用等を充実させて、国民(市民)の命と生活を守ることこそが、政府の使命である。
以上