2024年6月21日
改憲問題対策法律家6団体連絡会
社会文化法律センター 共同代表理事 海渡 雄一
自由法曹団 団長 岩田研二郎
青年法律家協会弁護士学者合同部会 議長 笹山 尚人
日本国際法律家協会 会長 大熊 政一
日本反核法律家協会 会長 大久保賢一
日本民主法律家協会 理事長 新倉 修
2024年6月19日、参議院本会議において、国の指示権を拡大する地方自治法改正案の採決が強行された。5月7日の衆議院本会議から40日余、わずかな審議しか行われていないもとでの強行であった。
改憲問題対策法律家6団体連絡会(以下、「6団体連絡会」)は、4月17日付の声明で、団体自治の破壊、立法事実の不存在、無限定な指示権、武力紛争をめぐっての発動、緊急事態条項の先取りなどの指示権拡大がはらむ重層的な問題点を指摘した。また、6団体連絡会が主催した5月14日の院内集会では、自治体首長の立場や、被災地の岩手県、石川県と基地拡大が進む沖縄や石垣島の現場から、改正のもたらすものが告発された。
問題点が明らかになるにつれて、首長や議会・議員からの反対・批判が広がり、多くの全国紙が批判の論陣を張り、地方紙は反対の声で埋めつくされた。日本弁護士連合会や各地の弁護士会など法曹界はこぞって反対し、自治体労働者を中心とする労働組合や市民団体にも反対の運動が広がった。
国と自治体の関係に深刻な問題を投げかけ、日本国憲法に背反する重大な問題をはらんだ法案が、広範な反対・批判のもとでわずかばかりの審議によって強行されたことに、6団体連絡会は満腔の憤りをもって抗議する。
法案審議によって改正案の破綻はますます明らかになっており、問題はなにひとつ解決していない。
第1に、団体自治の破壊
「限定的な事態に限って適用されるから地方自治の侵害ではない」というのが政府の答弁であったが、議員や参考人からは逸脱した発言が相次いだ。「地方分権はあくまで平時の議論で非常時とは次元が違う」(公明党議員)、「非平時の混乱状況では法律に基づかない指示を国が地方に出そうとすることを想定すべき」(第33期地制調委員の参考人)といったもので、これが第33次地方制度調査会(地制調)で議論された「分権から集権への転換」の方向である。
「自治体の役割は平時の日常業務だけ」と言うに等しいこの方向は、団体自治を破壊し、憲法が保障する地方自治の本旨を真っ向から侵害するものである。
第2に、立法事実の不存在
「個別法が想定していない事態も起こり得る」というのが答弁であるが、93法令362条項目あるという個別法の指示権の運用例や運用限界について、政府は調査・検討しないまま法案提出を行っていた。これでは、立法事実を語る資格そのものがない。
そのためか、「国の責任を明確にするのが立法事実」などとする答弁も行われたが、国の責任は明記せず自治体への指示権だけ認める改正案の説明にはなり得ていない。指示権拡大に立法事実がないことは、すでに「自明の理」になっている。
第3に、大雑把であいまいな要件・手続
政府は「手続を定めては機動性を欠くとの地制調の議論による」との答弁を続けたが、地制調でそのような議論がなかったことは参考人によって暴露されている。
政府は「必要最小限度での行使」や「自治体との事前の協議・調整の実施」などを約束する答弁を繰り返さざるを得ず、附帯決議の多くもあいまいな要件・手続を限定して濫用を防止しようとするものであった。
答弁や附帯決議での「縛り」は無意味ではないが、政府が法文にない手続を約束する答弁を行わざるを得ず、国会が法律外の要件を付加する附帯決議をつけざるを得ないことは、改正案の要件・手続が破綻していることを示すものである。
第4に、武力紛争への波及
「想定する事態への対処は事態対処法に法定されている」と答弁していた政府は、「想定外の事態なら指示権行使が可能か」と問われて「必要な規定はすべて法定」と修正し、参議院では「重要影響事態、武力攻撃事態、存立危機事態への対応は必要な規定が整備されている」とする防衛大臣の答弁に至った。答弁に従う限り、武力紛争をめぐる事態での指示権は封印されたことになる。
憲法の平和主義のもとで武力紛争のための指示権行使が容認されないことはあまりにも当然であるが、「事態対処法で想定できない事態が存在しないなら、感染症法などでもそうした立法は可能なはずであり、個別法の検討・改正こそ必要」となるのは理の当然であり、指示権拡大の「論理」はここでも破綻している。
第5に、緊急事態条項の先取り
2012年に党議決定された自民党の日本国憲法改正草案は、国の地方自治体への指示権を憲法改正による緊急事態条項の効果のひとつとしているが、その緊急事態条項は武力攻撃などの事態発生後に国会の承認によって発動されることになっている。
「おそれ」の段階から、国会の承認なしに発動できる指示権を導入することは、憲法改正による緊急事態条項以上に政府に独裁的権限を与えて国会の審議権を侵害するもので、立憲主義を真っ向から侵害する憲法違反以外のなにものでもない。
以上、地方自治法改正による指示権の拡大は、立法事実の面でも、要件・手続でも、個別法との関係でも完全に破綻しているばかりか、地方自治や平和主義や立法権を保障した憲法にいたるところで背反する違憲性が明らかなものである。
このような指示権は存在を許されてはならず、ただちに廃止されねばならない。
「新型コロナ」や自然災害への対応をめぐって政府・自治体間で混乱が発生したのが、指示権拡大の最大の理由とされている。だが、「新型コロナ」の混乱の原因に、一斉休校やPCR検査の制限、「アベノマスク」配布といった現場から遊離した政府の措置が介在していたことは明らかである。また、自助や共助を言い立てて、自治体の機能そのものが弱まった自然災害の被災地の窮状を放置しているのが政府であることも、周知の事実である。
にもかかわらず、混乱に責任を負うべき政府が、混乱を口実に自治体を従属させ、地方自治を破壊しようとしているのが、指示権拡大をはかる地方自治法改正の本質である。その「集権」への道が、自治体を組み込んだ戦争の道に結びつこうとしていることも論を待たない。
政府の言いなりにならない自治体を市民・住民が主体になってつくりあげ、地方自治を力強く発展させていくことが、「集権」と戦争の道に対峙して平和な暮らしを守り抜く道である。
6団体連絡会は、そのための努力をよびかけるとともに、その実現のために奮闘する決意を表明する。
以上