No.18の記事

四谷バーの誘惑

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 ずっとずっと昔は体力と勢いで酒を飲んでいた。恥ずかしいことの数々、ひんしゅくを買った行状は限りない。公園に捨てられたこともある。タクシーで吐いたことも。二日酔いの苦しさも半端じゃなかった。ところが子どもを産むことになって禁酒した。胎児の脳がやられると言われたからである。親の脳以上にやられたらちょっと大変だと思ったからである。出産後はぱったと飲めなくなってしまった。何でもコップ1杯で酔ってしまう。
体力もなくなり、美味しい物を程良く飲んでたゆたゆと酔いたくなったのである。
 娘も今年20才だから私の酒も大人になって20年、熟年期になった。悲しいとき辛いとき酒でごまかすこともなくなった。楽しく美味しい酒を飲み続けたいのである。
 澤藤先生のように禁酒はできない。自宅事務所も無理である。だから私の日記は「雑食」日記の王道を歩めるはずもないのである。
 暗くなって月をみながら事務所をでる。夜でも緑は深く、木々の匂いがする。住宅地を出て四谷一中の裏に出るとき角に四谷バーが現れる。赤いしゃれたネオンと重い扉が私を誘うのである。
 30代の青年が経営する。ジャズとウイスキーに詳しい。カクテルを作る腕もなかなかである。客との程良い距離、すれていない会話がモダンである。すっと立ってすっと飲む。ピート炭の匂いのするアイラ島のウイスキーを大きく丁寧にまるくかいてくれた氷で冷やしてぐっと飲む。まるい氷はウイスキー全体をやさしく冷やす。
 この角に来ると脚が止まる。