あらたまの年の初めに、人並みの感慨を綴らんとす。
天地鳴動することもなく、軍靴も爆音も直接には聞こえない、一見穏やかな正月。しかし、耳を澄ますと、時代の軋みが聞こえる。大地の底から。天空のかなたから。
この暮れに教育基本法が変えられた。格調の高い、すばらしい法から、無様な法に。しかも、こう変えなければならないことについての理由の説明は全くなかった。
愚かにも議員の数だけが、教育基本法「改正」の力だった。次は学校教育法・地教行法をはじめとする教育関連諸法規の改悪が待ち受けている。うかうかしていると、「戦争は教室から始まる」ことになりかねない。
本日の朝日の報じるところでは、日本経団連が、今後10年を見据えた将来構想「希望の国、日本」(御手洗ビジョン)を発表した。
「企業や官庁が日常的に日の丸を掲げ君が代を斉唱することを初めて提言した」と言う。恐るべきことではないか。愛国心の強制は、教室から企業、そして「スポーツイベントなど社会のさまざまな場所」に広がりつつある。
権力にとっても資本にとっても、望ましきは牙も魂もない従順なだけの人材なのだ。政権与党や官僚だけでなく、財界までもが愛国心を煽り、「基本的な価値観を共有する共同体の一員という自覚」を唱え始めた。
酷い時代となったものだ。どうしたらよいのやら。
まずは、今後キャノンの製品を買うことは一切やめよう。これまで私が経済制裁の対象としてきたのは、@産経・扶桑社、A日の丸タクシー、Bアメリカ産牛肉。これに続く、ささやかな抵抗手段としての個人的経済制裁‥。残念ながら、それ以外に有効な手立てを思いつかない。
60年余生きてきて、自分には社会を動かす力量のないことを良く知っている。しかし、時流に抵抗する姿勢は頑固に堅持したい。
「疾風に勁草を知る」とは気に入った言葉。疾風をとどめる力はなくとも、けっして風のまにまに靡くことはすまい。
せめては、年の初めに、そのくらいの覚悟を決めよう。